古代ギリシャの哲学者であるプラトンによると、人間はもともと男女が合体した姿で暮らしていたそうです。しかしその姿があまりにも完全であったため、危機感を持った神々が人間を2つに切り裂き、男と女に分裂させました。そのため男女はもとの完全な姿に戻るため、お互いに自分の片割れを探し続けることになります。

プラトンによると男女が惹かれあうのは、このような理由があるからのようです。別々の場所で生まれた男女が、自分の片割れであるソウルメイトと運命的な出会いをはたし、もとの完全な姿に戻っていくという話は、とてもロマンチックだと思いました。またこのプラトンの説は日本の公的年金の歴史と、似ている部分があると思ったのです。

最初の公的年金の統合は昭和61年


日本の公的年金の歴史は、明治8年に公布された「海軍退隠令」や、明治9年に公布された「陸軍恩給令」から始まりました。つまり日本で最初に公的年金を受給することになったのは、軍人ということになります。

その後は大正12年に「恩給法」が公布され、公的年金の対象者は軍人だけでなく、公務員にも拡大されました。現在公務員の方が加入している共済年金の歴史は、ここから始まっております。

公的年金の対象者が民間人まで拡大していくのは、昭和14年に海上労働者を対象にした「船員保険法」、また昭和17年に現業部門の男子労働者を対象にした、「労働者年金保険法」が公布されてからです。

労働者年金保険法はその後、「厚生年金保険法」に名称変更され、事務部門の男子労働者や女子労働者も対象になりました。

現在会社員の方が加入している厚生年金保険の歴史は、ここから始まっております。

それからは皆さんもご存じのように、敗戦により日本は破壊的な打撃を受け、年金どころではない状況になりましたので、厚生年金保険は一時的に休眠状態となりました。

しかし終戦後の昭和29年に法改正が行われ、厚生年金保険は復活をはたします。また昭和34年には今まで公的年金の対象者でなかった、自営業者や農林漁業者などを対象にして、国民年金法が制定されました。

このように日本の公的年金の代表である共済年金、厚生年金保険、国民年金はまったく違う時代に、別々の制度として出現していったのです。

この三者は運命的かもしれない出会いをはたし、一部だけ統合されることになり、昭和61年から共済年金や厚生年金保険の加入者も、国民年金の加入者になりました。

これにより公務員や会社員などが受給する年金は、全国民共通の基礎年金(例えば老齢基礎年金)をベースに、共済年金や厚生年金保険から給与に比例した上乗せの年金を支給する、2階建ての構造に変わったのです。

そして平成27年10月には、第二段の統合が実施されることになり、共済年金は厚生年金保険に統合されます。これにより日本の公的年金は厚生年金保険と国民年金の、二者に集約していきます。

ただ個人的にはこれで終了とは考えておらず、完全な統合となる第三段、つまり公的年金の一元化が実施されると予想しておりますが、第二段の統合よりハードルはかなり高いので、まだまだ先の話になりそうです。

公的年金の先を行く確定拠出年金


公的年金が時間をかけて少しずつ統合している一方、誕生の瞬間から統合している制度があります。

それは企業型と個人型の2種類がある確定拠出年金になりますが、会社員の時代に企業型で運用していた積立金を、例えば独立して自営業者になった後も、個人型で引き続き運用できます。

今後は個人型の対象者が専業主婦や、公務員にも拡充される予定ですので、そうなれば公的年金より先に、完全な統合が実現されるのです。

共済年金と厚生年金保険の統合ばかりが注目を集めておりますが、個人的には確定拠出年金の改正にも、注目してほしいと考えております。(執筆者:木村 公司)