【人生100年時代】実在の兄弟でみる「人生100年モデル」と「人生50年+αモデル」

人生の長さに戸惑う時代

人生の長さに戸惑うシニア

現在の高齢者は、自分の人生の長さに戸惑っているのではないかと思います。

具体的な数字を見てみましょう。

昭和10年代の平均寿命は50歳未満といわれます。

現在の高齢者が生まれた当時の成人の平均寿命は50歳ぐらいだったということです。

では、寿命が50歳ぐらいと思っている世代に育てられた、現在の高齢者はどうでしょうか。

平成29年の国の簡易生命表によると、65歳の男性の余命は男で20年弱、70歳の男性で16年弱です。

つまり、85~86歳までは生きます。

85歳の人はもう6年強、つまり90歳まで生きます。

つまり

定年が65歳になっても、20年以上生きる

ことになるわけです。

50歳ぐらいまでの人生前半に重きをなす人生50年+α」世代に育てられた世代が、実質人生100年に戸惑いが生じるのは当然ということです。

そして、これから人生100年を迎えるのが、ほぼ確実な、20~40代はどうすればよいのか。

ヒントは、すべに人生100年モデルを実質的に実践している人です。

それはご本人が意識しているかということ、意識せずに、自然とそうなっているのではないかと思えます。

ある兄弟のライフ・ヒストリーから読む

私が提唱している「人生50年+αモデル」と「人生100年モデル」について、実例により具体的に考えてみましょう。

現在、毎日を健康に過ごされている68歳と65歳の兄弟のライフ・ヒストリーからたどってみましょう。
 
関西の大都市で、5人兄弟姉妹の次男は昭和25年(1950年)に、三男は昭和29年(1954年)に生まれます。

当時は、空襲爆撃された工場跡地などがまだ残っている戦後です。

そして、兄弟は高度経済成長とともに成長します。

青年期から就職:次男

自動車修理を始める次男

18歳工業高校を卒業後、大企業に就職するが、1年もしないうちに退職。

その後、自動車整備工として資格と技術を数年間かけて取得

クルマへの関心は中学生のときに自宅にあった軽自動車を乗り回すことからスタート。

クルマの運転が楽しく、大人びた風体なので年齢からしてもう働いていてもおかしくない時代、そしてクルマそのものがまだまだ少ない時代であった。

青年期から就職:三男

学生時代は山岳をした三男

5人の子どものなかで最も頭が良く、当時は公立高校受験が主流、中学校から受験勉強をスタート。

浪人後、旧帝大に進学、公務員となる

本を読むことが好きであったが、好きなことや趣味につながることがほとんどできないまま進学。

大学時代には、受験勉強からの反動で、旅と山登りなどアウトドア活動でほとんど学校へ行かず、大学紛争の余波などから、それほど勉強もせずに卒業。

勉強をしたのは公務員試験のときだけ。

「働き方」と家族の形成:次男

好きなような仕事の仕方をする次男

急激に成長する自動車産業において、修理やメンテナンスという分野は不可欠、そのため仕事はいくらでもあり、全国を仕事をしながらの漫遊。

その後、海外での自動車整備に関するボランティア活動に参加し、任地はアフリカ、中南米、太平洋州など数か国にわたる

地球上どこにいっても自動車、つまり仕事はあるわけです。

ボランティア活動と現地での商社嘱託という身分を繰り返し、生計を立て、貯蓄、資産運用を図ります

好きなような仕事の仕方をするわけですから、自ら語るところによれば仕事によるストレスはなし、人生でストレスを感じたことはないとおっしゃってます。

「働き方」と家族の形成:三男

 

家族ができる三男

公務員となってからは、周囲の期待に応えるように土日もなく仕事に没頭。

しかし、元来が自由な気質なために、若くして管理職になり、精神的な重たさを感じるようになる。

まさに、次男とは逆に、いつまでこの仕事をしなければならないのかと感じるようになる。

同時に、結婚、そして子どもができる

40代半ばからは、60歳定年時に完全リタイアして、悠々自適に過ごすことを目標とする。

つまり、40代後半で転職しても、職場環境や経済状況が好転することが絶望的であると判断したということです。

現況と家計・資産状況:次男

現在の次男

60歳前に日本に帰国。

自宅を建て、時間つぶしのような仕事をするが、基本はすでに悠々自適。

実は、帰国後も仕事をするつもりだったが、資産だけで生活ができると判断したわけです。

任地である途上国での楽しみがテニスであったことから、現在は、毎日、仲間とテニス三昧。

現況と家計・資産状況:三男

現在の三男

現役であった50代から定年以後の生活スタイルである「シンプルな生活」を実践。

基本は「持たない生活」をすると、不要なお金を使うこともなくなり、一定の資産があれば、定年後も働く必要がなく、定年後は悠々自適の生活へ。

航空会社や外国ホテルの上級会員となり海外旅行を堪能する。

しかし、定年後には、現役のときにあったヒヤヒヤドキドキ、脂汗の記憶がフラッシュバックすることが悩ましい。

悩みは、現在、こころとからだがよろこぶ楽しみが、まだ見つかっていないこと、どうも死ぬまで見つからないかもと思っている。

どちらの人生が良かったのかという判断は読者におかませします

どちらの人生が良かったのか

おわかりだと思いますが、人生100年モデルに対応するのが「次男」で、人生50年+αモデルが「三男」です。

ただ、人生60歳をすぎ、兄弟はともに、結婚し社会に子どもを送り出し、自宅を所有し、老後の悠々自適のための資産形成もできています。

世間的には、優秀な大学に入って出世するというコースが安全策のように思えてしまうのですが、決してそうではないのです。

50年後には違った結論が用意されている

ということです。

たとえば、60歳以後の所得稼得能力という点からみると手に技術のある定年のない次男の方が優位に立っています。

一方、三男は現役時代の「悪夢」を老後にかかえ、長い老後の時間を持て余しています。

この兄弟は異なった人生を歩んだわけですが、気質などはよく似ており、お金との付き合い方は同一のものです。

2人とも、お金との付き合い方が上手だったからこそ、60歳前にして、アーリーリタイアメントが可能となったともいえます。

次回はより詳しくお伝えします。(執筆者:井戸 美枝)

この記事を書いた人

井戸 美枝 井戸 美枝»筆者の記事一覧 (4) http://www.mie-ido.com/

CFP®、社会保険労務士。講演や執筆、テレビ、ラジオ出演などを通じ、生活に身近な経済問題をはじめ、年金・社会保障問題を専門とする。社会保障審議会企業年金・個人年金部会委員。経済エッセイストとして活動。「難しいことでもわかりやすく」をモットーに数々の雑誌や新聞に連載を持つ。
<保有資格>:社会保険労務士、ファイナンシャルプランナー(CFP認定者)、一級ファイナンシャル・プランニング技能士、DCプランナー、キャリアカウンセラー(GCDF)、産業カウンセラー、発酵マイスター
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