「正直、どうしようか迷っています。このまま我慢して最後まで妻と一緒にいるか、それとも彼女の方にするか」

そんなふうに胸のうちを明かしてくれたのは小畑伸介さん(57歳)。

伸介さんは3年後、会社の定年退職を控えていたのですが、伸介さんが迷っていたのは「定年後」の人生です。

伸介さんは最初のうち、妻の悪口や不満、愚痴などをこぼし、「性格の不一致」で離婚したいと言っていたのですが、話を進めていくうちに、離婚したい理由が「性格の不一致」ではないことがわかりました。

実は妻(56歳。パートタイマー)とは別に交際している女性(46歳)がいるそうです。

今まではどっちつかずという感じで二股状態をキープしてきました。

「奥さんと私、どっちを取るか、はっきりさせて欲しい。奥さんと離婚しないなら、もう別れるから! はっきりしてよね!」

伸介さんの煮え切らない態度に対して彼女の堪忍袋の緒が切れてしまったようで、ついには白黒をつけるように求めてきたのです。

奥さんと離婚しないなら もう別れるから

「彼女を取って妻と別れるか、妻を取って彼女と別れるか」伸介さんは今、二者択一の決断を迫られていたのです。

残りの人生を考える

伸介さんは決して若いわけではなく、すでに人生も折り返しを過ぎており、残りの人生はせいぜい20~30年です。

残りの限られた時間だからこそ「誰と」過ごすのかを慎重には慎重を期して検討しなければなりません。

もし、伸介さんが「彼女を取って妻と別れる」という道を選んだ場合、妻と離婚しなければなりませんが、どのように説得すればよいのでしょうか

伸介さん夫婦は30年近い結婚生活のなかで、常に妻は夫の扶養に入っていたので離婚したからといって妻が夫の協力なく自力で生活していくことは難しいことでしょう。

伸介さんの今後は

60歳時に受け取ることができる退職金や企業年金

65歳時の厚生年金

慰謝料や(退職金、年金以外の)財産分与

妻の抱える今後の生活の不安(生活費の援助など)

を払拭しなければ、離婚の同意を得るのは難しいことでしょう。

離婚の話で必ず出てくる年金と退職金

もしかすると伸介さんには「今、彼女と別れる」、「3年後に妻と別れる」という選択肢もあるかもしれません。

「定年まで3年あるけれど、今のうちにいろいろと考えておきたい」と私のところへ相談しに来たのです。

このように定年直前に離婚の話を進めると必ずと言ってよいほど年金と退職金が問題になるのですが、この話を引用しつつ順番に解説していきましょう。

まずは年金です。年金について勘違いしやすいポイントは4つあります。

勘違いしやすいポイントは4つ

勘違いしやすいポイント (1)

1つ目はすべての年金が分割の対象だという誤解です。

年金分割とは婚姻期間中に納めた厚生年金、共済年金の最大1/2を分割する制度です。

按分割合は自由に決められます

ほとんどの場合、年金は夫>妻なので夫が納めた年金を妻に分割するという流れです。

しかし、年金分割の対象は厚生年金と共済年金のみ国民年金、企業年金、年金保険は対象外なので注意が必要です。

なお、独身時代の年金は分割の対象外ですが、一方で別居期間中に納めた年金は対象に含まれます

ところで年金分割は熟年離婚の場合しか利用できないというわけではなく、婚姻期間の長短に関係なく利用可能です。

もちろん、年金の納付期間や夫婦の婚姻期間が短ければ妻にとってメリットは少ないのですが、夫婦の財産がほとんど残っていない場合は「年金を分割しないよりはマシ」です。

妻が「財産をもらえないなら離婚しない」と言い張っているケースでは、夫の方から自ら年金のことを切り出したほうが話は早くまとまることもあります

勘違いしやすいポイント (2)

2つ目は按分割合を自由に決めることが可能といえば可能ですが、「年金を分割することで65歳からもらう年金が夫<妻になってはいけない」というルールがあることです。

これは夫婦が共働きの場合に起こる現象ですが、このルールに抵触していないことを証明する必要があります。

具体的には厚生年金の場合は年金事務所で、共済年金の場合、共済組合で「年金分割のための情報提供通知書」という書類を発行してもらえば、この書類におおよその試算が書かれています

年金事務所(共済組合)に申請書と戸籍謄本を提出すれば、無料で発行してくれます(2~3週間待ち)。

さらに夫婦のどちらかが50歳以上の場合、「仮に今すぐに離婚して年金を受給した場合、夫の年金がいくら減り、妻の年金がいくら増えるのか」という数字を算出してくれます

もちろん、今後も年金保険料を納めていけば年金額は変動していくので、あくまで仮の数字です。

年金分割手続の流れ(協議離婚の場合)

1. 年金分割のための情報提供通知書を発行してもらう

2. 老後の生活設計を試算する、夫婦間で話し合いをする

3. 合意内容を公正証書もしくは私署証書に残す。

4. 離婚届を提出

5. 年金事務所(共済組合)に分割請求書と、公正証書(私署証書)、離婚後の戸籍謄本を提出する

勘違いしやすいポイント (3)

離婚してもらえない

3つ目は年金を分割すれば妻の生活が成り立つというという楽観です。

たとえば、離婚しない場合、

夫の収入+夫の年金+妻の収入+妻の年金

があれば、もちろん、今までの生活水準を維持できます

一方、離婚する場合、生活費や家賃の負担額は離婚しない場合に比べ、割高になりますが、夫は

自分の収入+自分の年金 ÷ 2

で、妻は

妻の収入+妻の年金+夫の年金の2分の1だけ

で何とかしなければなりません。

どちらも離婚前に比べて生活水準が落ちることは避けられません

しかし、熟年離婚の場合にはすでに夫婦が別居していることが多く、別居10年、20年というケースは珍しくありません。

別居中に生活が成り立っているのなら離婚後も大丈夫だろうと言うことはできます

また、同居している場合で妻に対して離婚前の生活水準を離婚後も提供できなくても、ダメもとで離婚を切り出してみるという手もあります。

なぜなら、離婚の可否はお金の問題だけではなく「気持ちの問題」も大きいからです。

妻がすでに我慢の限界でこれ以上の同居を続けることが難しい場合、たとえば、「妻が夫と同じ空気を吸いたくない」、「妻が夫の面倒をみたくない」、「尻拭いをしたくない」、「介護をしたくない」などです。

妻は離婚したらお金に困る、生活水準が落ちる、貧乏になることを承知のうえで離婚を同意することもあるのです。

勘違いしやすいポイント (4)

4つ目は「離婚する場合」、「離婚しない場合」の比較だけはないということです。

以下の通り、妻にとって最も有利なのは「離婚する場合」でも「離婚しない場合」でもなく「離婚せずに夫が先立った場合」です。

離婚しない場合の収入は前述の通り、「夫の収入+夫の年金+妻の収入+妻の年金」ですが、離婚せずに夫が先だった場合、「夫の財産+生命保険金+遺族年金」が加算されます。

これが「夫の収入+年金」を上回れば、むしろ夫の生前より死後の方が経済的に恵まれているくらいです。

しかも、夫という存在から解放されるのは離婚でも死別でも同じことです。

もちろん、離婚する場合にはさらに悲惨で「夫の財産+生命保険金+遺族年金」を手に入れることはできません。

基本的に年金の話をすれば、老後の介護、遺産の相続、そして健康や寿命のことに話は及ぶので、「離婚せず夫が先立つまで待てばいい」と妻が気付く前に話をまとめることが大事です。

離婚せず夫が先立つまで待つのが一番

A. 離婚せずに夫が先に亡くなった場合、妻が手に入れる財産

・ 保険金(受取人が妻になっている場合)

・ 死亡退職金(まだ夫が退職金を受け取っていない場合)

・ 遺族厚生(共済)年金

・ その他、相続財産の2分の1

B. 離婚して夫が先に亡くなった場合、妻が手に入れられない財産

・ 受取人を変更されると、保険金は受け取れない

・ 戸籍上の妻ではないので、死亡退職金は受け取れない(すでに退職金が支給されていれば分与してもらう)

・ 戸籍上の妻ではないので、遺族年金は受け取れない(離婚年金分割で婚姻期間中に納めた年金の最大2分の1)

・戸籍上の妻ではないので、相続権はない(離婚時に婚姻期間に築いた財産の2分の1を分与してもらう)

退職金について

次に退職金についてです。退職金も他の財産と同じく、婚姻期間中に納めた退職金を夫婦で折半するのが原則です。

財産分与の根拠は「内助の功」です。

妻が家事や育児を引き受けたから夫が安心して働くことができたので、その貢献分を離婚時に清算するという意味です。

ただし、退職金の全額は財産分与の対象というわけではなく、婚姻期間と勤務期間が重複している部分だけです。

独身期間と勤務期間が重複している部分は対象外です。

つまり、

退職金 ×(婚姻期間 ÷ 勤務期間)

という計算方法です。

たとえば、婚姻期間30年、勤務期間38年、退職金2,000万円の場合、分与の対象は約1,578万円です。

これを夫婦で折半するので退職金と一括で受け取った場合、夫が妻に対して789万円を支払うことになります

離婚が定年退職の前なのか後なのか

次に離婚が定年退職の前なのか後なのかで分与の方法が変わってきます

まず、離婚時にすでに夫が定年退職している場合はシンプルです。

たとえば、退職金を一括で受け取った場合には妻に対して離婚時に一括で支払えば良いですし、退職金を毎月分割で受け取る場合には妻に対して毎月定額を支払うという形です。

問題は離婚時に夫がまだ定年退職していない場合です。

退職金は原則、前借り(定年前に受け取る)できない、定年前には金額が定まっていない(離婚から定年まで増え続ける)ということを踏まえたうえで以下の2つのいずれかを選択することになります。

まだ定年を迎えていない場合

まだ定年を迎えていない場合の選択肢2つ

1. 離婚時にまだ退職金の金額を正確には特定できませんが、おおよその試算をもとに「定年時、夫が妻に〇〇〇万円支払う」という形で約束することは可能です。

2. 離婚時には何も決めず、「定年時に再度、話し合う」という約束だけ交わすという手もあります。

なお、リストラや転職等の理由で過去に退職金を受け取っていれば、現在、勤務している会社で定年を迎えていなくても過去の退職金については分与の対象です。

ここまでお話ししてきた年金と退職金の知識を踏まえたうえで「妻の収入+妻の年金+夫の年金の1/2」では妻の生活が成り立たず、そのことを理由に妻が離婚に二の足を踏んでいる場合、どうすればよいのかを考えていきます。

たとえば、妻が60歳のときに離婚して、86歳まで生きる場合、必要な生活費は

年180万円 × 26年=4,680万円

です。

一方、妻の収入は月10万円、70歳まで働けるとして、年120万円 × 10年 = 1,200万円

妻の年金+夫の年金の2分の1は年100万円 × 26年 = 2,600万円

とします。

そうすると4,680万円 -(1,200万円 + 2,600万円)= 880万円の不足が発生します。

880万円を工面する方法には、たとえば以下の5つが挙げられます

妻が抱えている経済的な不安を払拭することが離婚への近道です。

不足する金額の工面方法5つ

1. 退職金の2分の1を分与する。

2. 夫の方がお金に余裕があるはずなので、毎月、生活費を渡す

3. 夫婦間に預金や貯蓄型の保険、株式等があれば、現金化して2分の1を妻に渡す。

4. 非居住の不動産があれば、売却して利益の2分の1を妻に渡す。

5. 離婚原因が夫にあるのなら、妻へ慰謝料を支払う

離婚後の経済的な不安を一掃する

元夫が元妻を扶養する法律上の義務はないにせよ、突然の離婚はこのまま結婚生活が続くと思っていた妻の人生を狂わせるのは確かです。

離婚によって傷つく世間体や人間関係、気持ちといった目に見えないものを保証することは難しいものです。

それならせめてお金という目に見えるものだけでも保証しないと釣り合いがとれません。

それは必ずしも「今までの結婚生活に感謝しているから」という前向き理由ではなく「離婚後の経済的な不安を一掃しないと離婚に同意してくれない」という後ろ向きな理由でも構わないのです。(執筆者:行政書士、AFP 露木 幸)