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現状の皆保険制度に基づく医療は今後も持続可能なのか
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すべての国民が等しく医療を受けることができる国民皆保険制度について、医師の半数が維持できないと考えているそうです。
医師向け情報サイトであるメドピアと日本経済新聞が全国の医師約1,000人に対して行った調査にもとづくもので、
という質問に対して、52%の医師が「そうは思わない」と回答したそうです。
維持できない理由としては、高齢者の医療費増大、医療の高度化などが多く見られます。
一方、維持できると答えた人の多くが「患者負担の増加」や「消費税の増税」といった条件を付けているそうです。
つまり、「今のままでは」という前提条件をつければ、現場で働く医師のほとんどが、国民皆保険制度は維持できないと考えているようです。
財政的な緊急性から考えると、公的年金制度よりも医療保険制度の方が、状況はかなり深刻と言えるのです。
ご存知のとおり、国民皆保険制度は、誰でも同じ水準の医療を3割の自己負担で受けることができ、医療費が高額になった場合は、さらに補助される仕組み(高額療養費制度)となっています。
しかし、この制度の維持には莫大な費用がかかります。
国民皆保険制度維持費が大変
2015年度における国民医療費の総額は41兆円超、国民からの徴収保険料と患者自己負担でカバーできているのは全体の約6割、残りは税金などから補填される仕組みになっていて、公的負担がなければ、制度を維持することは極めて困難となっています。
年金の場合は100兆円を超える積み立てがあり、保険料徴収が滞る状況が長く続いても、ある程度は時間を稼ぐことができます。
しかし医療保険については、積み立てがほとんどなく、その年にかかった医療費は、その年に徴収した保険料や税金で賄う必要があります。
つまり、医療費が高騰してしまった場合には打つ手がなくなってしまうのではということが危惧されているのです。
ただこのことに関してはあまり意識されていないようで、いろんなところで問題提議はされてはいますが、国民の関心は、どうしても年金制度に向いてしまっているようです。
繰り返しますが、年金制度よりも医療制度のほうが大変なのです。
皆保険制度維持のためには
この現状を打破するにはどうすればよいのでしょう。
まずは、保険料負担増
まず容易に想像されるのは保険料負担増です。
保険料で成り立っている制度ですから、保険料を引き上げることで皆保険制度維持の原資を確保することが考えられます。
このことは年金制度も同じで、制度維持のためには徴収額を増やすことで制度維持をはかることは十分に考えられます。
しかし、おそらく多くの国民は反対するでしょう。
医療制度や年金制度の、いわゆる社会保障制度の保険料は、収入によってその額は異なりますが、税金計算のように、扶養家族がいるとか、生命保険に入っていることによる税額調整(所得控除)はありません。
社会保険料算定においては、そういう家族構成などの個別事情は一切考慮されません。
扶養家族がいるいから、高齢者を養っているからといって、社会保険料を安くしてもらうことはないのです。
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次に、自己負担額増
次に考えれるのは、私たちが医療機関窓口で支払う自己負担額増です。すでに高齢者でも収入がある人の窓口負担は増えています。
具体的には自己負担割合3割という数字を増やすのかどうかということで、保険料とともに国民の負担感に直接つながることになるので、選挙を意識する政治家は、この領域には踏み込みづらい話なのかもしれません。
皆保険制度維持のための税金投入額を増やすことも考えられます。増税です。具体的には消費税率引き上げになるのでしょう。
ところが今の景気状況から判断して、いま消費税率引き上げをすれば、景気失速が懸念されます。安倍政権下では、消費税率8%から10%にすることを見送っています。
保険料アップ、自己負担額アップ、増税、どれをとっても国民の負担増につながるものになります。
国民負担増なしで皆保険制度を維持させるには
では、保険料増や自己負担額増をせず、増税もしないで皆保険制度を維持させるために考えられることは何でしょう。
それは、医療給付費を抑えるしかありません。
医療給付費とは、患者負担3割の残り7割を、保険制度から医療機関に支払うものを言います。これを下げるということは、保険診療そのものを縮小させることになります。
たとえば、ある治療でレントゲンを取り、検査をして治療を行い、それぞれの保険診療点数を積算すると「100」になったとします。
患者さんに「30」を負担してもらい、「70」を医療給付費として保険制度から医療機関に支払います。
医療給付費増大が皆保険制度を圧迫しているのですから、患者負担を増やすと給付費が減ることはお分かりでしょうが、それができないときは、そもそもの保健診療の「100」を下げるしかありません。
治療ごとの保険点数を引き下げるのです。
医療機関の悲鳴が…
そうなると医療機関としては収入が減ることになります。
医療機関として、もともとの保険診療点数を変えないで患者負担分を引き上げれば、収入は減らないですが、来院数が減る恐れがあります。
どっちにしても医療機関経営は大変です。
ここから考えられることは、このまま保険診療点数を引き下げ続けられると、医療機関の破綻件数が増える可能性が出てきます。
医療機関は自己防衛に走ります。
医療の質が下がる、儲かる治療しかしない、点数稼ぎの過剰診療が多くなるなど、さまざまな弊害が予想されます。
これは、私達国民にとっても良いことではありませんね。
国が考えていること
国としては、とにかく医療給付費を出す件数を減らしたいのです。
そのために最近行われていることが「治療から予防へ」のスローガンのもと、とにかく病気にならない指導を重視する方向にあります。
「未病」という言葉をよく耳にしませんか。
薬剤処方では、先発品からジェネリック医薬品を推奨する動きにもなっています。薬剤費が安く抑えられるからですね。
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歯科治療ですすみつつある自由診療
歯科治療の領域では、現場からは、保険診療の制限が設けられているようにも聞きます。
保険診療の限界を感じ、すすんで自由診療の道を選ぶ歯科医師も増えてきています。
歯科医師に聞けば、今後は歯科治療から保険診療をなくす、つまり全ての歯科治療は自由診療になるという日がくるのではないかという医師もいます。
最後に
アメリカは先進国で唯一、皆保険制度がない国です。
日本もアメリカのようになるというわけではありませんが、保険制度でまかなうことができる医療行為の範囲が狭められることも容易に想像できそうです。
薬剤費用はすべて保険適応外、つまり薬剤費は全て全額実費、それを補なうために民間の生命保険会社による医療保険が登場するというシナリオもあるのではないでしょうか。
今まで当たり前にあったものが見直される時代が来るのかもしれません。
老後は国が守ってくれる、医療は国が与えてくれるというシステムは、いずれは崩壊するときが来るのでしょうか…。(執筆者:原 彰宏)