格差の本質を考える»マネーの達人

格差の本質を考える

格差は本当に悪いことなのか?
格差は結果であり、それによる差別が悪いのでは?

こういうご意見をいただきます。

確かに「格差」というのは現象であって、ネガティブに捉えやすい言葉なのかもしれません。

格差を考える上で、努力の結果の違いは容認するもので、格差問題を語る際に、ねたみは禁物、うらやましいという感情も取りあえずは横においておくべきなのでしょう。


「資産格差」をどう考えるべきか



そこから考えられる「資産格差」とは、運用して資産を得た人と、運用せずに資産を得られなかった人という比較なら、努力した結果は容認ですから、資産格差は受け入れるべきことになりますね。

ただ、アベノミクスは、株価を上げることで国民生活を良くすることではないと指摘する意見もあります。

国会では野党側が主張していますが、確かに、アベノミクスで恩恵を受けているのは、株式投資をしている人と、土地を持っている人に限られていたのかもしれません。

「じゃあみんな株式投資すればいいじゃない」と言われればそうなのですが、それはリスクに積極的に向かうかどうかを問うのであれば、リスクを積極的に取った人にだけ、アベノミクスのご褒美が受け取れるとも言えます。

土地はどうでしょう。

持つ者と持たざる者、相続で土地を持っている人と、相続の期待がない人…こちらの概念は、最初からすでに差がありますよね。

一世を風靡したトマ・ピケティの「21世紀の資本論」では、この相続で得た土地等の資産に関して、世界共通に相続税を多くしようと提案しています。世界共通同時に行うことがポイントのようです

「富の再分配」という表現を使い、ある一定の資産を得ている人の税負担を重くして、富を得ていない人たちに分け与えようという提案で、これはまさに社会主義国の話ですね。

社会主義国の思想は、国家の富を全国民に配分することで、一部の権力者だけが富を独占するとクーデターが起こります。

資本主義の考えは、富を得た人はそれなりに努力したからであって、再配分の論理を取り入れれば、努力しなくなり、競争による社会の発展がなくなると主張しています。資産格差はあって当然…という事ですね。

今世界的に、資本主義の限界がとりざたされ、ややもすれば社会主義回帰の動きが見られているわけです。努力しても報われないという若者層の不満が根底にあるようです。この場合の努力は労働で、運用ではありません。

そもそも労働と運用を同じ土俵で議論することがどうかとは思いますが、「ウォール街を占拠せよ」という運動が起こっているとおり、金融業界の人だけが桁外れの収入を得ていることへの不満が充満しているのでしょう。

たしかに、いまの金融システムはアンフェアで、人間がロボットには勝てません。1秒間に何万回というトレードを行う超高速自動取引システムのまえには、人間がかなうはずがないのです。その超高速自動取引の恩恵を受けられるのは、一部の金持ちだけです。

そもそも政府が行う経済政策は、それはすなわち株価対策であって、いま目の前の困窮を救うことではありません。

株価が上昇し、企業のファイナンスが潤い、賃金が上がることによって、そのあと国民生活が豊かになるという時間経過があることを理解しなければなりません。

アベノミクスで即、国民生活が豊かになるわけではありません。あくまでもパソコンの画面上の数字がよくなることなのです。

先ほどの時間経過をかんがえると、何時われわれの給料が上がるのか、どこまで我慢すれば未来が見えるのかがわからなくなって、それが格差問題に投影しているのではないでしょうか

格差問題の本質は、国民が当たり前として、かつ絶対に必要とされるサービスに格差が生じることかと思われます。それは教育であり医療だということです。

教育といっても学力の差ではありません。平等に教育を受けられることに差があってはならないということです。

医療も、お金を持っている人の治療内容と、お金を持っていない人の治療内容が区別されることがどうなのかという議論です。

貧乏人は治療が受けられないという社会でいいのか、ここは政府が大きくかかわるべきだということです。

そこでいつも取り上げられるのが財政の問題です。

財政という錦の御旗を建てることで、私たちは納得させられているところがありますよね。消費税率引き上げやむなしとなるわけです。

格差は本当に悪いことなのか?
格差は結果であり、それによる差別が悪いのでは?

努力の結果生じる格差は受け入れるべきであり、そうでない、努力を超えたところの格差はあってはならない、そう感じるのですがいかがでしょうか。


5つの格差



私は個人的に5つの格差があると表現しています。

資産格差・賃金格差・老後格差 …これは受け入れることから始めないと解決できません。積極的に受け入れて前向きに検討しなければならない格差だと思います。

医療と教育の格差 …これは絶対に避けなければなりません。人間の根幹にかかわることです。ここは税の投入やむなしと思うのですがどうでしょう。

そして最後のひとつは「知識の格差」です。

能動的格差と位置づけているのですが、これからの社会「知っている」人と「知らない」人との間では歴然とした差が生まれます

知らないことで損をすることがいっぱいあります。知っている人だけが得をする社会です。知ろうとしないのは自由ですが、知っている人との差を妬んではいけません。日々、情報を得る努力をすべきなのです。

むしろ、私たちは、情報を得て理解する以外に、格差社会では勝っていけないと思います

あるジャーナリストが「知的貧富の差」と表現しましたが、まさに、知識を得ている人が富を得ることになると思います。そこに生じる格差は、受け入れるものかと思います。

皆さん、ぜひ勝ち組になりましょう。「知識は身を助く」というじゃないですか。あれっ「芸」でしたっけ…(執筆者:原 彰宏)

この記事を書いた人

原 彰宏 原 彰宏»筆者の記事一覧 http://www.spway369.com/

株式会社アイウイッシュ 代表取締役
関西学院大学卒業。大阪府生。吉富製薬株式会社(現田辺三菱製薬株式会社)、JTB日本交通公社(現(株)ジェイティービー)を経て独立。独学でCFP取得。現在独立系FPと して活動。異業種経験から、総合的に経済、企業をウォッチ、金融出身でないことを武器に「平易で」「わかりやすい」言葉で解説、をモットーにラジオ出演、 セミナーや相談業務、企業労組の顧問としての年金制度相談、組合員個別相談、個人の年金運用アドバイスなどを実施。個人投資家として、株式投資やFX投資を行っている。
<保有資格>:一級ファイナンシャル・プランニング技能士、CFP

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