結婚相手を選ぶにあたって最も重要となるのが

「相手と価値観が合うかどうか」

です。

お金に対する価値観が違うとうまく行かないことが多いでしょう。

特にケチな人は、結婚相手として敬遠されやすいようです。

結婚後、家族が生きていくうえで必要不可欠な生活費まで出し渋る可能性もあるからです。

しかし、例外もあります。

出すべきところでお金を出し、締めるべきところで財布のひもを締められる「賢いケチ」である場合です。

そのような人はお金の使い方に計画性があり、限られた家計の中から上手に資産を増やすことも得意であることが多いのです。

そこで今回は、「賢いケチ」と「ひんしゅくを買うケチ」を区別するうえで重要なポイントを2つご紹介します。

この人賢いケチかしら

マナーとして出すべきお金を出せる人は「賢いケチ」である

筆者の周囲にいる高齢者は、

「ご祝儀(お祝い)、香典、誰かへのお礼など、マナーとして出すべきお金を気持ちよく出せる人は、ケチでも許せる範囲

と口をそろえて言います。

平成も終わりに近づいている今もなお、その概念は一般常識となっています。

筆者は、昔から「人の義理はまたいで通ってはいけない」と言われて育ちました。

それは自分と関わる人をおろそかにする行為であり、周囲の信用を損ないかねないという意味が含まれています。

逆に言えば、そこがしっかりとできている人は周囲に信用されるため、仕事やプライベートで良好な人間関係を築きやすいのです。

また、身内へのお祝いやお悔やみ、お礼などでお金をきちんと出している場合は、外面だけがよいケチではなく、身内も大事にできる常識人だと判断してよいでしょう。

マナーとして出すべきお金は「人間関係を良好に保つための必要経費」

たしかに、冠婚葬祭などで出す金額は結構大きいので家計には痛手です。

しかし、私たちの生活は人との関わりなしに成り立たないのも事実。

それをおろそかにすれば人間関係が壊れ、お金を失う以上に大きな痛手となります。

マナーとして出すお金には、自分とかかわる大切な相手が自分の幸せをともに喜び、悲しみをともに分かちあう気持ちが込められています

それに加えて、「これからもお互いに助け合いましょう」という意思表示にもなります。

「賢いケチ」は、それをよく承知しています。

ゆえに、ほかの場面ではお金を出し渋ることがあっても、マナーとして出すお金は決して惜しまないのです。

健康維持のためにお金を出せる人も「賢いケチ」

意外に思われるかもしれませんが、健康維持をしっかり行っているケチも、「賢いケチ」の部類に入ります。

健康維持にも気を付けています

健康維持に必要なお金は惜しまない

体に異常を感じても「お金がもったいない」という理由で病院に行かない人もいます。

そのような人は重い症状が出てから病院に行くため、早期で受診した場合の何倍、何十倍ものお金がかかるだけでなく、早期治療なら助かるはずだった命まで失う場合もあります。

賢いケチは決してそのようなことをせず、健康維持に必要なお金は惜しみません。

定期的な健康診断や早期受診を心がければ病気を重症化させないことが可能となり、その結果医療費の負担を小さくできるからです。

お金のかからない健康維持にも熱心である

また、賢いケチはお金のかからない健康維持にも熱心です。

・ 十分な睡眠をとる
・ 食事に気を付ける
・ 無料または安価でできる運動を行う
・ くよくよしない

ここまでくると、もはや模範的な人物だと言えるかもしれません。

「賢いケチ」は家族の健康にも気を配る

筆者の身近にはなぜか「賢いケチ」が多いのですが、彼らは自分の健康のみならず家族の健康にも気を配ります。

折にふれて家族に健康診断や早期受診をすすめ、そのためのお金も惜しまず出します

それはすなわち家族を大事に思っている証拠。

そのような人なら結婚しても不幸にはならないと思います。

「賢いケチ」は配偶者として優良な人材

賢いケチは配偶者としていい人材

ケチな人のすべてが「ひんしゅくを買うケチ」ではありません。

むしろ、今回ご紹介したように、適材適所でお金を上手に使いながら手堅く自らの資産を増やせる「賢いケチ」もいます

言葉を変えれば、そのような人は「優れた節約家」というところでしょうか。

「賢いケチ」は、考えようによっては配偶者として優良な人材かもしれません

家計をしっかり管理するのでお金に困らない結婚生活になる可能性が高いからです

もちろん、パートナーになる人とお金に関する価値観にあまり相違がないことが前提とはなりますが、その点で大きな相違がなければ、結婚しても問題は少ないでしょう

すくなくとも無計画にお金を浪費する人と結婚するよりは家計が安定するに違いありません。

そう考えれば、ケチな人だからと最初から拒否するのではなく、その人物をよく見極めたうえで結婚するかどうかの判断をしても、決して遅くはないと思います。(執筆者:大岩 楓)