相続税の専門家といえる知識と経験を有する税理士が少ないことから、相続税業界には、都市伝説ともいえる奇妙な話が流布しています。
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という解説を相続税のセミナーなどでよく耳にします。昔、日経新聞にも書かれたような話なのですが、国税局や税務署の資産税担当の調査官たちは、この話を耳にしたり読んだりする度に苦笑いしています。
「毎年同じ金額を贈与したって何も問題ないのに、どうして「相続税の専門家」といわれる税理士はセミナーでそんなことを言うのだろう」と首を傾げてしまうのです。
「これから10年間に分けて、毎年100万円ずつ1,000万円を贈与してあげるね」と契約すると、贈与は契約ですから、受贈者は10年間で1,000万円を受贈する債権を取得します。この場合は、10年間で1,000万円を受け取れる権利を贈与財産として最初の年に申告しなければならないというのは理論的には成り立つ話です。
毎年同じ金額でなくても、たとえば、最初の年に55万円、二年目には65万円と毎年10万円ずつ増やし、10年目には145万円と金額を変えて10年間で1,000万円贈与するとしても理論的には同じことです。ただ、この話をもったいぶってしている「専門家」は、贈与税の課税時期に関する知識が欠けているのです。
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贈与というのは、一方的に財産をあげるいわば恩恵的な行為ですが、民法上は契約です。贈与者は「あげる義務」を負いますし、受贈者は、「もらう権利」を取得します。でも、世の中、なんとなく、その時の気分で、「じゃあ毎年100万円、10年間で1,000万円あげよう」などと口走ることは、特段、珍しいことではありません。
読者の中には、なんとなくドキッとして読んでいらっしゃる方もおいでかもしれません。このような契約(軽率な口約束)を絶対に守らなければならないとすると、裁判で、言った、言わないという争いが起こることは目に見えています。
そのようなことが起こらないように、民法は口頭による贈与はいつでも撤回できるとしています(民550)。軽率な贈与を防止するためにも、また、言った、言わないということで争いが起こらないように、口頭での贈与契約はいつでも撤回できるとしているのです。
国税庁も、「書面による贈与は贈与契約の効力が生じたときに贈与があったものとし、口頭の贈与は、実際にお金や土地などの財産の授受があったときに贈与があったものとして取り扱うこととしています(相続税法基本通達1の3、1の4共-8)。
もし、本当に税務署の調査官が、10年間で1,000万円もらえる権利に課税しようとすると、すくなくともそのような契約書を把握しなければなりません。
皆様をまどわす都市伝説。なるべく早めになくなって欲しいものです。(執筆者:田中 耕司)