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「『神 針』という文字には、針という道具は扱う人の精神が込められることによって、活かすことができるという意味が込められています。お金も同じかもしれませんね」(井出さん)
目次
なかなか予約のとれない鍼灸治療院
鍼灸師の井出治承さんは、明治鍼灸大学(現:明治国際医療大学)を卒業後、荻窪で「泉心堂治療院」を開業した。治療を続ける中で中国医学に興味を持ち、一念発起して治療院を休院して台湾留学。
およそ2年間、元中国針灸学会理事長の内弟子として修業をし、帰国後、治療院を再開した。ツボを正確に探し出し、そこに的確に針を当てる技術に定評があり、予約がなかなとれない治療院だ。
あなたが「お金の心地いい側面」を感じた時の話を聞かせて下さい!
ベンツに乗るより、「身体の究明」の方が魅力的
―どうして鍼灸師になろうと思ったんですか?
高校時代に柔道をやっていて、柔道で痛めた腰が整体で治った経験がありました。その経験から、高校で進路を決める時に、何となく「そういう方向に行きたい」という興味に繋がりました。
周囲に話をしたところ、「柔道をやっているんだし、柔道整復師だったら、(当時は)お金が儲かるよ、ベンツに乗れるよ」と、言われました。
―でも結局、進まれたのは鍼灸大学ですよね?
いちばん興味があったのは、「人間の身体の仕組み」です。日本で唯一の鍼灸の四年制大学(当時)に進めば、身体の仕組みについて体系的、理論的に学べると考えました。
ベンツに乗ることより、身体の仕組みの究明をすることの方が魅力的に思えたんです。
それに、私は伊豆伊東の出身なのですが、ちょうど中学・高時代にバブル(リゾートブーム)の栄枯盛衰を目の当たりにしたので、トレンドに乗って生きるよりも、手に職のある堅実な生き方の方がいいかなと思ったのもあります。
治療院を開業、患者さんにも恵まれたが…
―大学を卒業し治療院を開業。いきなり開業して、経営は成り立つものなんですか?
最初は荻窪駅から少し離れた場所で営業していたのですが、看板を出してチラシをぶら下げておいたら、結構、患者さんが来てくれました。整体師の母と共同で経営していたというのも大きかったと思います。
ただ、母も地方から出てきたばかりで荻窪に知り合いがいたわけでもなかったので、今考えると、よく経営が成り立っていたなと思いますね。
―でも、その治療院を休院して留学されますよね?
経営はソコソコ上手くいっていたのですが、肝心の「身体」に関しては、まだまだ分からないことばかりで、時には納得した仕事ができないこともありました。
どこかで不安だったんでしょうね。収入はあっても、心とのギャップを満たすために、暴飲暴食、浪費をしてしまい、「このままでは、いつか身を持ち崩す」と思うようになりました。
そのうちに中国医学に興味を持ち、文献などで独学を続けていましたが限界を感じ、この目で実際の中国医学を見てみたい、実際に技術を学びたいという気持ちになりました。
中国の伝統医学が継承されている島国、台湾
―なぜ、中国ではなく、台湾を選んだのですか?
台湾は、歴史的背景から考えて正統な中国の伝統医学が現代に伝わっている場所だと思っていました。さらに、島国で世界屈指の経済大国な点が、日本と似ています。
そんな場所で、中国の伝統医学が人々にどのように理解され、利用されているのか興味があったんです。
―台湾で、どのように先生を見つけたんですか?
人のツテです。知人の知人くらいの台湾人のおばあさんに「鍼灸を勉強するために台湾に留学をしたいので、どなたか紹介してくれませんか?」と手紙を書いたのがスタートです。そこから何人もの人を介して、師と出会いました。
留学中、偶然知り合った肉まん屋さんのおじさんには、無給で働く代わりに、中国語の練習相手をしてもらったり、家に食事に招いてくれたりなど家族同然にかわいがってもらいました。
今の私があるのは、こうした台湾の人々の親切のおかげです。
治療の中で仮説を検証する充実感
―帰国後の営業再開は、どうでしたか?
鍼灸治療というのは、「えつ、はり?」、「針は恐そう…」と、少しハードルの高い治療法だと思うんです。だから針メインで営業していくのは、最初の数年はやはり大変でしたが、お蔭さまで今は軌道にのりました。
ただ、最近は予約をお待ち頂くことも多くて、「あの患者さんを治療できるのは、どこの時間帯だ?」とスケジュールの空コマを探す夢を見ることがあります。
―なかなか予約がとれないとなると、治療院の規模拡大は検討されないんですか?
拡大するとなると、経営的なことも考えないとなりません。今、私が一番興味があるのは、やはり「人間の身体の仕組み」の究明です。
自分で治療できる範囲で仕事をしているので、「すっごく、お金が儲かる」とか「ベンツに乗れる」という訳ではありませんが(笑)
身体の仕組みの究明というライフワークを深めることで、患者さんにも頼りにされ、安心の対価としてお金も頂ける仕事に出会えたことは、とても幸せなことだと思っています。
今後、その両立が可能ならば、経営的なことにも目が向くのかもしれませんね。(執筆者:楢戸 ひかる)