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定年間際に癌が見つかる
加藤博さん(59歳仮名)は定年間近に健康診断を受けました。
「要精密検査」と書いてあり再診してもらったところ、大腸がんであることを告げられました。
退職を控え再雇用か転職か起業と思案に暮れるまでもなく、加藤さんには人生を締めくくるに当たり気がかりな事がありました。
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加藤さんと現在の妻、倫子さんとはW不倫の末結ばれた間柄だったのですが、その際、自分の身勝手で別れることとなってしまった先妻、和子さんとの間に生まれた当時3歳だった娘、葉子さんのことでした。
葉子さんは、当初先妻、和子さんがひきとったものの和子さんも再婚したため、親類の家に預けられ、その後結婚されたかどうか加藤さんは不明とのことでした。
遺言は必要か?
いつもは目に入らなかった駅の看板に「相続・遺言」ワンコイン(500円)が目にとまり、さっそく予約し、相談に行きました。
そこでは、「妻と子のいらっしゃる家族のケースは、遺言をむしろ作らない方がいいですよ」と初めに言われてしまいました。
「もちろん、同じ両親の子ばかりの場合に限りますけれど」と説明を受けました。
「遺言を作りたいのですけれど」とお話しすれば、すぐさま「どんな内容で作ればよいのですか?」と作成にかかってくれると思っていた加藤さん、少々驚きました。
加藤さんは、自分に「もしも」があった場合、葉子さんに相続権があるのかどうか、なくても、遺言で葉子さんに十分な手当てをしてあげたい思いでした。
一緒に相談に行かれた現在の妻、倫子さんも同じ思いで、「自分は現在住んでいるところさえ確保させてもらえば十分です」とのことでした。
加藤さんと倫子さんの間には二人の子がいるため、葉子さんの相続分は1/2 × 1/3 = 1/6あること。
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その割合を預金であげることを提案し、遺留分である1/12でなく法定割合をあげることで加藤さんの思いを遺言に残すことになりました。
加藤さんは、付言で葉子さんに「事情があり、大変寂しい思いさせたこと申し訳なく思います」といれました。
相続発生し、葉子さんの居場所調査開始
戸籍をたどり住民票をとれば住民票上の居場所は分かります。
倫子さんが亡き夫の相続のため戸籍を調べていることを説明すれば、入手できます。
問題は、葉子さんの住所を調べて手紙を出しても返事が来るとは限らないのです。
返事がなければ、加藤さんの思いは達成できません。
返信の期限過ぎ一週間後に電話がありました。
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「せっかくですのでお受けさせていただきます」とのことでした。
「お父様の家かお墓にお参りに行かれるのであれば、その時、そこで現金をお渡ししてもいいですよ」と提案しました。
が、そうすると倫子さんにも会うかもしれないので振込で対応することになりました。
葉子さんの思い
葉子さん(現在35歳)は独身とのことでした。
「あと何か、形見か何かご希望ありますか?」とお聞きしたところ、何気なく、「3歳で父とは別れてしまい、実は父の顔も知らないのですよ」と言われました。
それではと、お父さんの写真を一緒に送らせていただくことを約束しました。
後日、葉子さんよりお手紙頂き、これでこころのわだかまりにけりが付いたような気がします。とありました。
遺言書と遺言執行者の大切な仕事
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遺言書では 付言をつかい「思いを伝えること」。
遺言執行者は 遺言者の思いを相続人に正確に伝える事が大切かと。
そのためにこそ、遺言執行者は、相続人ともよく話をし、お互いの懸け橋となればと思います。(執筆者:橋本 玄也)