住宅ローンを返済中の人、あるいはこれから住宅ローンを検討している人、誰もが感じる心配ごとです。
不幸なこと、困ったことは誰にでも、そして突然降りかかってくるものです。
住宅ローンを払えなくなったら、どうしますか?
目次
銀行員が考える最善策は「リスケ」

「大きな病気をして会社を長期間休んだ。有給休暇も使い果たし、収入が途絶えてしまった」
「家業のためにと頼まれて親の保証人になったが、倒産して多額の負債を負ってしまった」
これらは私自身が窓口で聞いた、実際にあった例です。
そして、この相談すべてに「リスケ」で対応しました。
リスケ【リスケジュール(reschedule)の略】
「スケジュールを組み直す」、「計画を変更する」といった意味です。
現在はネットでも良く使われて、一般にも認知されています。
銀行の場合は、住宅ローンや事業資金借入の返済条件見直しを「リスケ」と呼んでいます。
さまざまな事情で返済が困難になった人のローンを、無理なく返せる金額まで一時的に減らす、これがリスケの主な方法です。
ここからは、まず「住宅ローン返済に困った時の対処法3選」として、ネット記事で紹介されているそのほかの方法とあわせて、リスケについても説明します。
住宅ローン返済に困った時の対処法3つ
検索エンジンで「住宅ローン」と入力し、次にスペースを押すと「住宅ローン 払えない」がでてきます。
それだけ関心が高いのだと思います。
検索上位の記事を並べると
・ 債務整理
・ リスケ
ここからは、まずこれを「住宅ローン返済に困った時の対処法」として、それぞれ言葉の意味とメリット、デメリットを簡単に説明していきます。
1. 任意売却

任意売却(略して任売・ニンバイとも)とは、ローンを借りている人が「自分で自宅を売りに出す」ことです。
売主(自分)が不動産業者などの仲介で、購入希望者を探してもらい売却するもので、売買の形式としては、一般的な不動産売買と同じです。
ただし任意売却の場合、銀行などローンを融資している金融機関が認めた場合しか、売却することができません。
なぜならローン残高より高く売れなければ、ローンが残ってしまいますので、金融機関としては同意できないのです。
(ローン残高未満でも売却を認めてもらい、そのあともローンを返し続けていく場合もあります。ただしこれは少数で、残高や返済状況などケースバイケースです。)
メリット
任意売却は、基本的に競売(けいばい)よりも高く売れます。
競売(けいばい)は専門業者が扱う特別な取引なので、売却価格は相場より極端に安くなります。
事前に家の所有権が銀行に移っているので競売では、売れても自分にお金は入りません。
しかし任意売却なら、自分の希望する価格になるまで待つことも可能です。
もちろんそうするには、返済を継続していく、あるいはリスケ(詳細は後述)で「時を稼ぐ」ことが必要になります。
デメリット
自宅を手放すので、
が問題になります。
そもそもリストラや病気が原因で、ローンが返済できなくなったから任意売却に踏み切ったのです。
そういった状況の人が新しく住宅ローンを借りることは、非常に厳しいと思われます。
もう一度自宅を持ちたいと考えるなら、売却に踏み切る前に自分が借入可能か調べておく必要があります。
また、希望する価格で売却できる人は決して多くない、という点も重要です。
不動産の売買では、売主・買主がそれぞれ不動産業者に依頼するのが普通です。
売主は高く売りたい、買主は安く買いたい、これは誰でも考えることですが、任意売却ではローン返済に困っているという、売主の事情を見透かされて、買主側に足元を見られ値引きを求められることがあります。

任意売却で実際にあるパターン
値段で折り合いがつかず、買主が見つからないまま時間だけがどんどん過ぎていく
不動産業者からは、売買できなければ報酬がもらえないので、業者は早く売らせたいので「もうこの値段で手を打ったらどうですか?」と言われる
ローンは返済できず、毎月延滞が重なっていく
仕方なく、ローン全額にはとても足りない金額で売るハメになってしまう
住宅ローンは自宅に担保を設定していますので、全額返済できない値段では銀行が任意売却に応じてくれない場合がありますので注意してください。
この方針をとる理由
私の銀行もこの方針で、それは
・ 自宅を手放し、なおかつ住宅ローン返済を続けさせたくない
・ 担保が無くなってしまうので、残った住宅ローンが回収できなくなるリスクが高くなる
という2つの理由があるからです。
銀行によって対応が違いますので、確認が必要です。
任意売却の実例:「タイムリミットに間に合わなかった」
大きな病気をして長期入院、職を失い収入が途絶え、
「返済が苦しくなったので、早く売却したい」というお客さまのリスケ対応をしました。
お客様は少しでも早く売りたかったのですが、住宅ローン残高ほどの値段がつかず売却が進みませんでした。
数か月が過ぎたある日のこと、奥様が来店されて「夫が死亡しました」とご報告がありました。
なかなか売却が進まず、その心労からか病気が再発して入院され、治療の甲斐無くお亡くなりになったとのことでした。
住宅ローンでは団体信用生命保険(住宅ローン団信)という生命保険に加入するのが普通で、このお客様も加入していました。
ローンを借りている人が死亡すると、保険でローン全額が完済される仕組みです。
このお客様も手続きをして、保険金で住宅ローンが完済となり、結果的には自宅を売らずに済みました。
奥様はこうおっしゃいました。
私はなんと申し上げて良いかわからず、しばらく黙り込むしかありませんでした。
残された家族のことを思うと、ハッピーエンドと言えるのだろうか? ご本人はどんな思いだったのか? と、いろいろと考えさせられたケースでした。
2. 債務整理

債務整理は、住宅ローンを含む借金返済に困った人が、専門家である弁護士や司法書士に依頼して返済の軽減や免除をすることです。
具体的には任意整理、個人再生、自己破産などの総称です。
任意整理:弁護士などが債権者(銀行、貸金業者)と交渉して月々の返済額を見直す
個人再生:裁判所を介して借金を減額し、数年かけて分割返済していく
自己破産:裁判所に申請し認められれば、借金が全額免除される制度
メリット
専門家が直接銀行などの債権者と交渉をしますので、債務整理を依頼すると、原則督促など債権者からの連絡は一切なくなります。
そして、交渉がうまくいけば借金が軽減される、あるいは過払い金が戻ってくる場合もあるようです。
銀行員の立場では、債務整理について否定・肯定する文章は書けませんので、読む方の判断に任せ純粋な説明だけとします。詳細はご自身で確認してください。
デメリット
否定・肯定できないと書きましたので、こちらは個人的見解を述べることとし、その前にまず銀行側の対応について説明します。
これは債務整理すべてに共通することですが、弁護士などの専門家から連絡が来た時点で、銀行側も一切接触を断ちます。
そして、あとは専門家である弁護士と事務的に粛々と手続きを進めるだけです。
その後お客様から借入の申込みがあっても、再び融資することはありません。
一切接触を断ちますので、この項ではお話しできる実例はありません。
「5年たったら大丈夫」は都市伝説
ネット記事の中には「5年たったら融資は大丈夫」、「他の銀行に申込めばOK」という内容がありますが、私は疑問に感じます。
5年というのは、債務整理の記録が個人信用情報(借入に関する個人記録、融資審査で使われる)から抹消されるまでの期間を言っているようです。
しかし個人信用情報からは抹消されたとしても、債務整理した銀行の内部記録は永久的に消えません。
業務提携などで情報共有(銀行間で、あるいは銀行と保証会社・クレジット会社など)される場合がありますので、単純に「5年たったら大丈夫」とは思えません。
また「他の銀行ならOK」も同じ理由で、やはり大丈夫だとは思えません。
3. リスケ

さまざまな事情で返済が困難になった人のローンを、無理なく返せる金額まで一時的に減らす、これがリスケです。
ところで、どうして銀行はリスケしてくれるのでしょうか?
住宅ローンの返済はラクではありません。
いろいろな事情を抱えながら、それでも頑張って返済しています。
返済できなくなったからと、特定の人だけ救済したらどう思いますか?
私が銀行員で無かったなら「ずるい、不公平だ!」と思うでしょう。
銀行は公共性を求められる業種なので、社会から不公平、ずるいと非難される対応はできません。
ですから、リスケするには「痛みがともなう」ことが条件になります。
他の方法と同じくリスケにもメリットとデメリットがあり、「痛み」あり簡単にはできないのがデメリットの1つです。
メリット
リスケでは、ローンの返済を、何とか返せる金額まで減らしてもらうの一般的です。
また延滞していた場合も、いったん延滞をリセットして(無かったことにして)くれる場合もあります。
3か月延滞していたら、元金は据え置きで3か月分の利息だけ払う、といった方法です。
リスケしてもらえたら、延滞もリセットされますので、当然督促されることもなくなり、自宅にもそのまま住み続けられます。
固定金利など、不可能な場合の金利も依頼すれば、可能な限り引き下げの対応をしてもらえます。
リスケしていることは個人信用情報には記録されませんので、長期の延滞や自己破産などの異動情報、いわゆるブラックリストには該当しません。
デメリット
今回のテーマで、リスケが最善というのが私の考えと述べましたが、そのリスケにもデメリットがあることは知って欲しいと思います。
・ 簡単にはできない
・ 良いことばかりではない
・ 痛みが伴う
国の施策として、自宅を手に入れるための住宅ローンは他の借金と違い、手厚く保護されています。
平成21年に施行された「金融円滑化法」という法律で、国は銀行に対して住宅ローンの債務者から頼まれた場合、原則リスケを断わってはいけないと指示しました。
住宅ローンのリスケは、この時本格的に始まりました。
金融円滑化法は平成25年に終了しましたが、金融庁からリスケ対応を続けるように指示されています。
銀行のホームページを見ると「金融円滑化法が終わっても、引き続き対応していきます」といったメッセージが必ずあります。
金融円滑化法以前は、返せなければ担保を取上げるなど、いわば金貸しとして良くある対応中心でしたが、法律によって義務づけられたので、銀行はリスケの依頼があればほぼ、すべてのリスケ対応をしました。
銀行がリスケを断るとき
銀行は依頼があればリスケの対応をしましたが、それは「痛みを伴う」という前提のうえです。
銀行がリスケを断わってもいいケースが2つありました。
1. 断わって当然な理由がある場合
ギャンブルや遊興など同情の余地が無い場合は、断わって当然だという妥当性があるのでリスケはしません。
自己責任で対処するべきであり、本人に対し同情の余地はあまりありません。
こうした人にリスケ対応すると、真面目に返済している人から見れば不公平になるからです。
真面目にやってきたが、同情すべき事情で返済できなくなった人の救済、これがリスケの大前提です。
2. 痛みを伴わなず不公平な場合
「痛みを伴わう」とは、具体的には、徹底した家計のリストラを求めることです。
リストラ、病気など同情すべき事情があったとしても、簡単にリスケしてしまったなら、頑張って返済している人の不公平感は残るでしょう。
「お金が無くてローンが返せないと言うのだから、当然生活は切り詰めているはず、それでも更に家計を見直しさせたので、どうかみなさん納得してやってください」という論法です。
ですから家計のリストラを拒否した人は、リスケを断わっても良いことになっています。
家計のリストラ
リスケの相談をすると、根掘り葉掘り銀行員に聞かれます。
1. 普通に返済できていた時の家計について
2. 返済ができなくなった、現在の家計について
それぞれ細かく、例えば水道光熱費に始まり携帯電話代、学費から子供への小遣いまで、家計を洗いざらい話さなければいけません。
事情聴取とも言える内容で、しかもその内容は銀行から金融庁に報告が義務づけられています。
そして「住宅ローンが払えないからリスケして欲しいと言うのなら、家計をもう一度徹底的に見直し無駄な出費は抑えなさい」と銀行員から言われます。
具体例では
「学校だけで充分なので、塾は辞めさせましょう」
「子供に携帯は不要です」
「インターネットは贅沢です」
出費を抑えさせる交渉(命令)をするよう銀行は金融庁から指示されています。
家計リストラ前とリストラ後で出費が減り、リスケした住宅ローンもちゃんと返していけるというシミュレーションを作成し、官庁に報告していました。
金融円滑化法終了後は報告も緩和されています。
精神的な苦痛が大きい

銀行員は偉そうに、家計にズケズケと口出ししてきます。
悔しいが、言うとおりにしなければリスケして貰えないかも知れません。
屈辱的でもあり、この家計のリストラ交渉では、相談する人の精神的苦痛は非常に大きいです。
リスケの実例:窓口で泣く奥さま
家計のリストラ交渉では、家計を預かる奥さんに同席してもらうこともあります。
ご主人のリストラが原因で住宅ローンの返済に困り始めて、リスケの相談に夫婦で来店されました。
削れる生活費は無いか一緒に話し合っていこうと考えましたが、話し合いを進めていくうちにだんだんと奥さんが怒り出してしまい、
「これ以上減らせるものはありません!」
「子供の携帯は残させてください!」
「塾を辞めたら友達がいなくなって、子供が不憫とは思わないの!」
そして大きな声で泣き出してしまいました。
窓口に視線が集中して私も非常に困りましたが、ご主人が察してその日はお引き取り願いました。
この人は苦労の甲斐もあって、無事リスケ対応できることになりました。
それでもリスケが最善だと思う理由
大きな代償が必要で、簡単に対応してもらえないリスケですが、それでも私は最善だと考えています。
「債務整理をして、また借りることができる「いつか」まで待つことができますか?」
何よりも、リスケできれば家も残りますし、失う物はほとんどありません。
それなら、嫌な思いをしたとしてもリスケを考えて見るべきだと思うのです。
精神的苦痛もあるでしょう。何度も銀行に足を運ばなくてはいけないでしょう。
でも、それも過ぎてみれば決して長い時間ではありません。(執筆者:加藤 隆二)