2019年12月12日にイギリスで総選挙が行われ、保守党が過半数を大きく上回る365議席を獲得して圧勝するという結果になりました。
これにより議会のハング・パーラメント(議席の過半数を獲得している政党が存在していない状態)は解消され、足踏みを続けていたEU離脱問題が進展すると見られています。
混乱のまま「合意なき離脱」に突入することを回避できたことで、ポンドは大きく上昇し今年度の下落分を取り戻しました。
この記事では、イギリスのEU離脱の現状について押さえておきたいことを、基本的なところから簡単に解説していきます。
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目次
EU離脱についての民意を問う総選挙
そもそも今回の総選挙が行われたのは、EU離脱をめぐる政府の方針を議会が承認せず、問題が進展していなかったことでした。
イギリスには保守党・労働党の二大政党と、スコットランド国民党(SNP)、北アイルランドの民主統一党(DUP)、自由民主党などのその他の少数政党があります。
上記5政党をEU離脱派とEU残留派のいずれかに分けるとすると、大まかには以下のようなイメージです。
実際にはもっと複雑ですが、わかりやすさを優先しています。
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今回の総選挙以前は、最大政党は保守党でしたが過半数の議席が確保できていない状態で、DUPと閣外協力をしながら政権はEU離脱問題を進めていました。
EUとの交渉期限である2019年10月末が迫るなか、EU離脱の実現を強硬に目指していたボリス・ジョンソン首相は、北アイルランドの取扱いに関してEUに譲歩した内容で、EUとの合意を取り付けます。
しかし、北アイルランドとイギリス本土の同じ扱いを求めるDUPは反発し、この合意案は議会の承認を得ることができません。
結局、期限までに議会の承認を得てEU離脱が実現できなくなり、離脱延期法によってジョンソン首相は交渉期限の延長を申請することになりました。
もともとジョンソン首相は合意がないままのEU離脱も辞さない構えでしたが、それを望まない議員によって2019年9月に成立した離脱延期法により、延長の申請をせざるを得なかったかたちです。
EUはこの申請を受け入れ、交渉期限を3か月延長し2020年1月末までとなりました。
進まないEU離脱問題に対して国民の意思を問うということで、ここでジョンソン首相は解散総選挙を提案します。
これまで解散総選挙の提案は何度も議会で否決されていましたが、2019年10月末の期限終了後にジョンソン首相がEU離脱を強行する可能性がなくなったとして労働党が同意へと転じ、ついに今回の総選挙が行われることになりました。
市場がもっとも恐れるのは合意なき離脱
イギリスはEUに加盟していることにより、EUとの間で人・物・資本・サービスが自由に行き来できるようになっています。
しかし、イギリス・EU間で条件合意ができないままにEU離脱となると、突然これらの行き来に制限が加わることになります。
たとえば貿易をする際に関税が発生するようになりますし、税関手続きという大きな手間も必要となります。
これは「合意なき離脱」と言われるものですが、経済面での大きな悪影響が懸念され、市場は強く警戒しています。
市場が意識する合意なき離脱を中心に考えることで、相場の動きを理解しやすくなることが多々あります。
ちなみに、ジョンソン首相は合意なき離脱も辞さないことを表明しており、その動向には常に注意を払っておくことをおすすめします。
総選挙は保守党の圧勝で市場は好反応
こうして実施された今回のイギリスの解散総選挙ですが、結果は以下のようになりました。
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全650議席のうち保守党が獲得したのは365議席で、過半数の326議席を大きく超えています。
これにより保守党単独で議会の承認を取ることができるようになり、EU離脱の手続きは進めやすくなったかたちです。
もし総選挙前のようなハング・パーラメントの状態が続けば、再び合意なき離脱の可能性が高まっていたはずです。
この意外とも言える保守党の圧勝により最悪のシナリオを回避できたことを市場は好感し、ヨーロッパの株価やポンドは強い上昇という反応を示しました。
2016年のEU離脱をめぐる国民投票で意外な結果が出て以降、長期間にわたって足踏みしていましたが、2020年1月末までにイギリスのEU離脱はついに実現することになりそうです。
いまだ残る合意なき離脱の可能性
イギリスのEU離脱が実現した後は、経過措置として儲けられている「移行期間」に入ります。
この移行期間は2020年12月末に終了しますが、移行期間終了まではイギリスとEUの関係はこれまで通りのままで、ひとまずは安心というところでしょうか。
しかし、次に問題になってくるのが、移行期間が終了して実際にイギリスがEU離脱をした運用が始まるまでに、イギリス・EU間で自由貿易協定(FTA)を締結する必要があるという点です。
もしこれを締結できなかったとすると、イギリス・EU間の貿易は通常のWTOのルールに従って行う必要が出てくるため、結局は合意なき離脱と同じことになってしまいます。
ただし、イギリスがモデルにしようとしているカナダ・EU間のFTAには7年もの時間がかかっているのに対し、交渉期間はたったの11か月しか残されていません。
実は今回の総選挙でいったんは合意なき離脱が回避できる見込みが出てきたものの、まだ超えるべき大きな壁が残っているわけです。
ということで、今後の焦点は「移行期間終了までにイギリスとEUの間でFTAが締結できるか」というところになっていくでしょう。
移行期間は延長するのか
EU離脱の交渉期限は何度も延長されてきましたが、同じように移行期間も最大2年の延長ができます。
この移行期間の延長には、2020年7月1日までにイギリスとEUの間で合意をしておく必要があります。
FTAの交渉に時間がかかることを踏まえると、移行期間は延長するのが現実的のように思えます。
ただ、ジョンソン首相は総選挙での大勝の勢いに乗って、選挙公約通りこの移行期間を延長しない方針を明確にしています。
年内にもEU離脱法案が議会に提出される予定ですが、これには移行期間の延長を認めない条項が追加される見込みです。
総選挙でEU離脱問題は大きく進展しましたが、今後もこの問題に市場が右往左往させられることはまだまだ多そうです。
完全決着まではまだ遠い
イギリスのEU離脱について、今回行われた総選挙を軸にして解説してきました。
最後に要点をまとめておきたいと思います。
今回の総選挙の結果から読み取れるポイントです。
・ イギリスのEU離脱が実現が現実的になった
・ 2020年1月末の交渉期限終了での合意なき離脱は回避できた
今後の焦点は「移行期間終了までにイギリスとEUの間でFTAが締結できるか」という点に移っていきます。
これを占ううえでのポイントを時系列で並べると、以下のようになります。
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イギリスのジョンソン首相は強硬な姿勢でEUとの交渉を有利に進めようとしていますが、果たしてそれは吉と出るのでしょうか。
ようやく進展を見せたEU離脱問題ですが、完全決着まではまだ遠く、2020年も引き続き注意が必要な1年になりそうです。(執筆者:貝田 凡太)