2014年のデータによると30~64歳の働き盛りとされる世代の女性のがんでは、乳がんによる死亡が1位となっているのを御存知でしょうか。
平成25年度に行なった40~69歳女性の乳がん検診受診率は、全国平均で17.5%。(政府統計)米国の80%を筆頭に、欧米諸国では50%を超える受診率となっています。
・危機感が乏しい
・忙しい、面倒臭い、恥ずかしい
といったことが理由になっているのではないかと言われていますが、がんという病気にとって早期発見、早期治療は必要不可欠。
実際に乳がんを患い、現在も闘病生活を送るJさんの「現実」を取材しました。
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目次
乳がん発見まで~Jさんの場合
2013年4月、入浴時に鏡に映った自分の乳房に異状を感じたJさん。
特に日頃からセルフチェックを行なっていた訳ではなく、たまたまコンタクトレンズを外し忘れて浴室に入ったことがきっかけでした。すぐに近所の婦人科を受診。
そこでマンモグラフィと細胞診の検査を受けます。
2週間後検査結果を聞くために再び受診すると、乳がんの可能性を指摘され、自宅から少し距離のある医療センターを受診することになりました。
そこで改めてマンモグラフィやエコー、CT、MRIなどの詳しい検査を行ない、乳がんであることが判明します。ステージはⅡB。
乳がんの「ステージ」とは
乳がんにはステージ0~ステージⅣまであり、ステージ0は「ごく早期の非湿潤がん」で、更にステージⅠ、ⅡA、ⅡB、ⅢA、ⅢB、ⅢC、Ⅳと8段階に分けられています。
ステージⅣになると乳がんが「骨、肝臓、肺、脳などの臓器に遠隔転移した状態」を指します。
Jさんの「ステージⅡB」はステージ0から数えて4段階目のレベル。
「浸潤性で腫瘍の直径が2.5~5cm、わきの下のリンパ節へ転移している状態」
ステージⅡまでであれば5年後の実測生存率が90%を超えますが、ステージⅢになると70%を切り、Ⅳでは32%まで下がってしまうのです。
Jさんは、「もう少しでステージⅢだったのかと思うと、今も不安でたまらない」と辛い胸の裡を明かしてくれました。
手術、そして抗がん剤治療へ
医療センターでの検査後、Jさんは全身麻酔による右乳房と右わきリンパ節の全摘手術を行ないます。
術前の説明では「リンパ節転移はないだろう」と言われていましたが、手術をしてみると転移していることが判明。こういったことは珍しくなく、手術してみないとはっきり分からないというのが実情なのです。
10日間の入院後、今度は抗がん剤治療がスタートします。
当初はFEC6回の予定でしたが、2回目の治療で体中に蕁麻疹などの強い拒絶反応が表れたため治療の方法を変更。TC4回の治療に切り替えられました。
このFECやTCというのは、抗がん剤の頭文字を取った名称。
例えば「FEC6回」というのはフルオロウラシル、エピルビシン、シクロフォスファミドという抗がん剤を組合せ、3週間に1度のペースで6回投与することを指します。
抗がん剤の副作用は吐き気や脱毛が良く知られていますが、実は薬によってその出方も異なります。
Jさんの場合、最初に行なったFECの治療では強い吐き気、倦怠感、味覚障害といった副作用がありましたが、その後のTCの治療では味覚障害のほかに筋肉痛や爪が柔らくなるなどの症状が見られました。
Jさんは抗がん剤の治療を終えてから3年経ちますが、今も舌のピリピリした痛みに悩まされています。
抗がん剤だけでは終わらない
Jさんの抗がん剤治療終了時までの支払いはトータルで45万5,380円。手術や入院費、検査や採血、リハビリなどを含めた金額です。
しかし治療はこれで終わった訳ではありません。
このあと再発や進行を防ぐ目的で行なわれるホルモン療法がスタートします。乳がんの多くは女性ホルモン「エストロゲン」の影響で増殖すると言われています。このエストロゲンの量を減らし、がんの増殖にストップをかけるのがホルモン療法。
使用される薬はいくつかありますが、Jさんはタモキシフェンを投与されました。
このタモキシフェンは生理が止まり、便秘やむくみ、体重増加、更年期障害のような症状の副作用に加え、メンタル面でも鬱症状が表れることがあります。
Jさんのホルモン療法は2ヶ月に1回行なわれ、治療代は4,000円。
それに加え1年に1回、医療センターでのCTやマンモグラフィといった検査に5万円かかります。
終わりが見えない、がんとの闘い
乳がんの発見から丸3年が経過。これで状態は落ち着くのかとJさん自身も思っていた矢先、突然生理が来てしまいます。
生理が来るのは「エストロゲン」の分泌が増えているということ。これは乳がん発生、増殖のリスクが高くなることに繋がります。
そこで医師から勧められたのがホルモン抑制剤「リュープリン」の投与。3か月に1回のペースで腹部に皮下注射して閉経と同じ状態を作ります。
この治療が1回につき2万2,000円。治療にかかる費用が更に大きくなります。
育ち盛りの2人の子どもを持つJさんにとって、治療費による家計への負担は深刻な問題。現在、この治療を受けるべきかどうかで悩んでいます。
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ここまでにかかった費用は100万円以上
ざっとこれまでの費用を書き出してみると…
・ ホルモン治療に入ってから現在までの支払い(2016年6月現在)…16万円
・ ウィッグ…10万円
・ 吸入器…1万2,000円
・ 帽子…1万円
・ 下着…2万円
・ まつげ…5,000円
・ その他様々な備品にかかった費用…およそ30万円
ここまでの合計は106万2,380円となります。
今後の治療費を含めたトータル10年の合計額になると…
今後あと8年間(トータル10年)ホルモン療法を続けると仮定すると…
・ 年に1回の検査費…40万円
前述した「リュープリン」の投与を受けた場合
・ 1本2万2,000円×年に4回×8年=70万4,000円
10年間にかかる費用は合計で236万6,380円にもなるのです。これは「少なくとも」の金額。
通院には交通費が必要ですし、仕事も休まなければなりません。細かい支出を含めると、もっと大きな金額になってしまいます。
ちなみにJさんが「がん保険」から受け取った金額は、
・入院…5万円
・手術…25万円
・退院…3万円
・通院…10万円
合計143万円です。
がん保険から受け取れる金額は決して少ない訳ではありません。しかし実際は100万円近くも足りないことが分かります。
実際にがんになった時、利用出来る公的制度
2人に1人ががんになる時代。決して他人事ではありません。
そこで利用出来る公的制度について、幾つか御紹介します。
・ がんの手術や治療などで休職→「傷病手当金」
・ がんにより失業→「雇用保険の基本手当」
・ 家族ががんで介護が必要→「介護休暇」「介護休業給付金」「高額医療・高額介護合算療養費」
・ 医療費、生活費などが足りない→「生活福祉資金貸付制度」
これらは一定の要件を満たす必要があるので、誰もが受けられるものではありません。
がんの治療を安心して受けるために必要なこととは…
・生活費、医療費のことを気にせず、安心して治療が出来る環境にすること
・がんになったからと言って、仕事復帰や就職への道が閉ざされないこと
・時短勤務、在宅勤務など様々な勤務体系の導入
国や自治体レベルでのきめ細かい支援や助成制度、また企業の勤務体系や運営の速やかな改革が望まれます。
Jさんが今思うこと、そして伝えたいこと
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(以下Jさん談)
私は41歳の時に乳がんと発覚しました。まだまだ子育て中で、死ぬわけにはいかない! と、先生の言われるとおりに手術から抗がん剤へ治療を進めました。
しかし、抗がん剤治療は想像をはるかに超える大変な治療でした。
抗がん剤によって、大事な細胞まで破壊される。体だけではなく、生きる気力、生きる意味、プラスに考える事などは到底出来ないくらい精神状態も消耗が激しいものでした。
半年間の抗がん剤治療を経て、やっとこれで普通の生活へ戻れると思っていましたが、次に始まるホルモン治療の副作用やリンパ切除による痛みや浮腫予防など、まだまだ乳がんというのは私を拘束する病気なのだと痛感しています。
3年経過して一番悩んでいる事
3年経過した私が今一番悩んでいる事、それはズバリお金です。
ガンになる前の知識として、病気は治る! 手術で終わる! と思っていたので、一時金と手術代で全てが賄えると思っていました。
私にも無知と言う落ち度があるのかもしれませんが、手術から抗がん剤、その後の治療がこんなにお金がかかるものだとは思いませんでした。
もし、治療に入る段階でその事を医療関係の方から、教えて頂いていたらどれだけ有難かったか。何の不安も持たず安心して治療に臨めるかは、お金がある事が前提です。
そして、再発したらどこからお金を出そうか。そのことが不安で不安でなりません。
がん保険に加入していても、この先ずっと高額な治療や検査が続くとなると、全く足りないというのが現実です。それを、がんになったその時に知っていれば、もっと節約しながら治療に取り組めたのにと残念でなりません。
出口の見えない将来を模索中
治療代を稼ぐために働きに出ます。しかし、治療中のため体調が不安定です。
周りからは「大丈夫大丈夫、頑張れ頑張れ」と言ってもらいます。だけど、どこまで頑張ればいいのか、出口が分かりません。
プラスに考えきれない自分がダメな人間に思える…
ガン患者は今や二人に一人と言われる時代です。
だけど、どうしていつまでもこんなに高額な治療なのか、その割には納得するような治療法がないことに歯痒さを覚えます。3年経った今、まだまだ私も模索中です。(執筆者:藤 なつき)