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原則65歳になると受給できる、老齢基礎年金や老齢厚生年金などの老齢年金の金額は、原則として毎年4月になると改定され、それが翌年の3月まで続きますので、年度単位で改定されているのです。
その改定方法は、67歳到達年度までの「新規裁定者」の場合、過去3年度における現役世代の賃金変動率の平均を算出して、賃金が上昇(下降)した分だけ、4月から年金額を増額(減額)させるので、大まかに表現すると次のようになります。
一方、68歳到達年度以降の「既裁定者」の場合、1月頃に総務省から発表される前年の全国消費者物価指数を元に、物価が上昇(下降)した分だけ、4月から年金額を増額(減額)させるので、大まかに表現すると次のようになります。
目次
「賃金上昇率<物価上昇率」になった場合の特例的な改定方法
これが老齢年金の原則的な改定方法であり、「賃金上昇率>物価上昇率」の場合には、この原則的な改定が実施されます。
しかしその一方で、「賃金上昇率<物価上昇率」になってしまった場合の、特例的な改定方法もあります。
それは例えば賃金の変動率がマイナスで、物価の変動率がプラスの場合、新規裁定者の年金額を減額させ、既裁定者の年金額を増額させるのではなく、新規裁定者と既裁定者の両者について、昨年度の年金額を据え置きするというものです。
また例えば物価の下降率が、賃金の下降率より小さい場合、新規裁定者と既裁定者の両者について、物価の下降率に合わせて、年金額を減額するというものです。
年金額の減額が大きくなる変動率に合わせる「年金カット法案」
野党が「年金カット法案」と批判している年金制度改革法案は、2つの方法で年金額を減額することになり、そのひとつは上記の改定方法に改正を加え、年金額を減額していきます。
例えば賃金の変動率がマイナスで、物価の変動率がプラスの場合、現在は新規裁定者と既裁定者の両者について、昨年度の年金額を据え置きするのですが、賃金の変動率に合わせて、年金額を減額するよう改正するのです。
また物価の下降率が、賃金の下降率より小さい場合、現在は新規裁定者と既裁定者の両者について、物価の下降率に合わせて、年金額を減額するのですが、賃金の下降率に合わせて、年金額を減額するよう改正するのです。
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年金額の増額を抑制する「マクロ経済スライド」
年金カット法案による、もうひとつの年金額の減額方法は、マクロ経済スライドの適用を強化するものです。
このマクロ経済スライドは2004年の法改正で導入され、これにより単純に賃金や物価の変動率だけで、年金額が決まる仕組みではなくなりました。
その理由としては次のように、スライド調整率の分だけ、年金額の増額が抑制されるからです。
なお2015年度にマクロ経済スライドが発動された時のスライド調整率は、0.9%になりましたので、その分だけ年金額の増額が抑制されました。
保険料の上限と年金額の下限となる水準の目安
このマクロ経済スライドが導入された背景としては、少子高齢化の進行によって、年金財政が厳しくなった場合、現役世代の保険料を値上げして、年金財政を安定化してきました。
しかしこれを繰り返していくと、現役世代の保険料は無制限に上昇していき、生活が苦しくなってしまいます。
そのため現役世代の保険料に、上限(厚生年金保険は年収の18.30%、国民年金は月額1万6,900円)を設定して、その上限まで保険料を値上げしても、年金財政が厳しい見通しの場合には、スライド調整率により年金額を減額して、年金財政が破綻しないようにしたのです。
ただスライド調整率による年金額の減額を無制限に続けていくと、今度は年金受給者の生活が苦しくなってしまいます。
そのため老齢年金の水準は、受給を始める時点で、現役サラリーマン世帯の平均所得の50%を維持しなければならないという、減額の下限を設定したのです。
このようにマクロ経済スライドとは、厚生年金保険や国民年金の保険料の上限をあらかじめ定めて、その上限で年金財政を維持できるように、スライド調整率で年金額を、下限まで調整していく仕組みです。
マクロ経済スライドの未実施分はまとめて実施される
このような特徴のあるマクロ経済スライドですが、スライド調整率による年金額の減額は、毎年度実施されるわけではありません。
例えば賃金や物価の上昇率が小さく、スライド調整率で年金額を減額すると、マイナスになってしまう場合には、昨年度の年金額を据え置きします。
また賃金や物価の変動率がマイナスの場合には、マクロ経済スライドを発動せず、賃金や物価の変動率の分だけ、年金額を減額します。
このようなルールがあり、また日本経済はデフレが続き、賃金や物価の上昇率が小さい、または賃金や物価の変動率がマイナスという状態が継続したため、スライド調整率で年金額が減額されたのは、2015年度の1度だけしかありません。
そのため野党が年金カット法案と批判している年金制度改革法案では、マクロ経済スライドの適用を強化し、賃金や物価の上昇率が大きい年度に、マクロ経済スライドの未実施分を、まとめて実施できるようにするのです。
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やまない雨はないように年金額の減額にも終わりがある
ここまでの話を整理すると、年金カット法案による年金額の減額方法は、次の2種類があります。
・ マクロ経済スライドの適用を強化し、未実施分をまとめて実施する
前者のように改正されると、これまでより年金額が減額されるので、年金カット法案と呼ばれても仕方がないと思いますが、後者を年金カット法案と呼ぶのは、少し違和感を覚えるのです。
その理由としてスライド調整率により年金額を減額するのは、マクロ経済スライドが導入された時点で、すでに決まっていたことだからです。
またスライド調整率による年金額の減額は、年金財政の均衡を図ることができると見込まれたら終了する予定で、終了した後に老齢年金を受給する世代には、スライド調整率による年金額の減額はないからです。
なお2004年にマクロ経済スライドが導入された時点では、2005年度からスライド調整率による年金額の減額が始まり、2023年度で終了すると試算されておりました。
つまりやまない雨はないように、スライド調整率による減額も、永遠に続くわけではないのです。
ただ減額の先送りを繰り返してきたため、雨(年金額の減額)はいつ止むかはわからないので、その雨をしのぐ傘(老後資金)は、準備する必要があると思います。(執筆者:木村 公司)