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日本人には理解できない「給与明細書をお互いに見せあう」という習慣
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給与明細書。働く日本人にとっては究極の個人情報かもしれません。
確かに、他の人がどのくらいの給料をもらっているのは気になるところです。
でも、自分の給料明細書は絶対に見せたくないという人がほとんどのはず。
結果として、日本人同士では給与明細書をお互いに見せあうような光景はまずみられません。
年収をきかれただけでも、「この人はデリカシーがないな」と感じる人が多いはずです。
ところが、日本で働く中国人の方々は、お互いの給与明細書を見せあうことがあたり前のようです。
日本人には理解できない習慣ですが、この習慣に頭を悩ます日本人経営者や管理職の方もいるとのこと。
そこで、著書に「なぜ銀座のデパートはアジア系スタッフだけで最高のおもてなしを実現できるのか!?」を持つ千葉祐大氏に、中国を始めとするアジア人労働者の特徴やお金との関わりについてきいてみました。
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Q1. 中国人はどうして給与明細書を見せあうのですか? 他の国の方々も見せあうのですか?
つまり、自分が会社から正当に評価されているかどうかを確かめる手っ取り早い方法が、同僚と給与を比較することなのです。
加えて中国人の特性として、【自分が正当な評価を受けていることを他人に知らしめたい】という欲求を強くもっています。
会社からの評価を自分で確認するだけでなく、そのことを周囲に自慢したいのです。
中国人が給与明細を見せ合う行為は、会社から正当な評価を受けている自分を誇示したいという気持ちのあらわれでもあります。
なお、ここでいう「正当な評価」とは、必ずしも等しく分け隔てない評価という意味ではありません。
彼らにとって重要なのは、自分が他のスタッフより優れていると会社が認めてくれていることにあります。
そのため彼らは、誰でも平等に評価されるのではなく、できれば自分だけを特別扱いしてほしいという願望をもっています。
自分だけが高い評価を受けた事実は、これ以上ない格好の自慢話になるからです。
なお、「給与明細を見せ合う」のは中国人だけでなく、台湾人、ベトナム人、タイ人も、同様の理由で行うことがあります。
Q2. 中国人は同僚以外でも、初対面の相手に対し、年収について質問することがあると聞きましたが?
知り合ったばかりの中国人から、いきなり「あなたの年収は?」と訊かれることは珍しくありません。
じつは中国人がこのような質問をしてくるのは、「早くあなたと関係を深めたい」、「早くこんなやり取りができるようになりたい」という気持ちのあらわれなのです。
中国人は、日本人とは人間関係を構築するスタイルが違います。
日本人が、相手と一定の距離を保ちながら徐々に関係を深めるのに対し、中国人はプライベートな質問をすることで、一気に相手の懐に飛び込もうとします。
「距離感重視型」の日本人に対し、中国人の人間関係構築法は「急接近型」といってもいいかもしれません。
けっしてデリカシーがないのではなく、早く深い付き合いがしたいと思うあまり、中国人はこうした質問を平気でしてくるのです。
もっとも、中国人からこのような質問をされても、必ずしも正確な金額を教える必要はありません。
相手も本心から年収を知りたいと思っているわけではありませんので、「あなたの年収の2倍くらいかな」といった感じで、冗談ぽく切り返すのが無難でしょう。
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Q3. アジア人労働者といっしょに働く日本人が気をつけるべきポイントはありますか?
「アジア人」に限らない話ですが、異文化の相手と協働する際に重要なのは、相手との「違い」を受け入れることです。
価値観や言動が違って当たり前と思うことが、外国人材を適切にマネジメントするための第一歩といえます。
たとえば外国人労働者が、できないのに「できる」といってしまう傾向がある点は、その代表的な例といえます。
仕事をふられたとき、日本人は十分な経験がなければ「できない」というのに対し、多くの外国人は自分の能力を過信し、ときにはハッタリで「できる」といいます。
一回でも経験があればまだマシなほうです。
なかには自分にはポテンシャルがあるという意味で、未経験なのに「できる」といってしまう者もいます。
日本人とは明らかに「できる」の定義が違うのです。
これは国籍を問わず当てはまります。日本以外の国は、程度の差はあれ総じてこの傾向があります。
アジア諸国のなかでは、とりわけ中国、香港、シンガポール、マレーシア、インドネシア、タイ、ベトナムあたりで、この傾向が強くみられます。
過去の経験を振り返って「できない」というのは、日本のような単一民族が主流を占める同質型社会の典型的な特徴です。
お互いの価値観が近いので、ウソやハッタリはすぐにばれるという常識がコミュニケーションの前提となっているためです。
これに対し日本以外の多くの国は、多民族が共存する異質型社会のため、相手に自分の価値を高く見せなければならないという意識が強くなります。
そのため、できないことでも平然と「できる」といってのけるのです。
このように外国人労働者は、日本人とは慣習や考え方が違う点があるので注意が必要です。
彼らをマネジメントする日本人マネージャーは、「日本人ならこうするはずだ」、「日本ではこれが常識」といった意識を脇に置いて、彼らと接する必要があります。
とにかく、「外国人は価値観や言動に違いがあって当たり前」と考えることが重要なのです。
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Q4. ちょっと悪い質問になりますが、お店のお金をとってしまったというトラブルはありますか?
外国人がお店のお金を着服するようなトラブルは少なからずあるとは思いますが、外国人労働者だからといって、とりわけ発生数が多いということはないでしょう。
あくまでその割合は、日本人とそれほど変わらないはずです。
工場や農家で働く外国人技能実習生であればともかく、「お店」で働く外国人は、そのほとんどが留学生アルバイトのはずです。
外国人留学生というのは自国のエリートが多くを占めています。
盗みをせざるをえないくらい生活に困っている苦学生は、ごく一部しかいません。
そもそも窃盗罪で捕まれば、強制送還されて二度と日本に来られなくなることくらいは誰もが知っていますから、そのリスクを冒してまで犯罪に手を染める外国人留学生は多くはないでしょう。
あったとしてもその割合は、あくまで日本人のそれとあまり変わりません。
Q5. ところで、千葉さんはなぜアジア系労働者のマネジメントに詳しくなったのですか?
私は当初、家庭用品メーカーの会社員をしていました。
その中で香港に駐在し、現地のメンバー20名余りをマネジメントした経験もあります。
ただこの時は、思うような結果を残すことができなかったのが正直なところです。
その後、独立して、大学、専門学校で非常勤講師の仕事をするようになったのですが、そこでたまたま多くの外国人留学生に接する機会を得ました。
その数は、59か国・地域、延べ6,000人以上に及びます。
6,000人も外国人留学生がいれば、なかには私なんぞでは到底太刀打ちできない超エリートから、まったくやる気のない不良学生まで、さまざまなタイプの学生が混在していました。
そのため、その後しばらくは、多種多様な外国人材のマネジメントに格闘する生活を送ることになりました。
この経験が、異文化の相手とどう接し、どのようにコミュニケーションをとればいいのかを学ぶ、よい学習の機会となりました。
いまは外国人材関連のコンサルタントとして、おもにアジア人材のマネジメントに悩む日本人ビジネスパーソンに対し、価値観の違う相手とのコミュニケーション法を指南するコンサルティング業務を行っています。
Q6. 近隣にアジア系の外国人の方が引っ越してきたようなとき、ご近所トラブルにならないためのアドバイスはありますか?
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過度に怖れたり、警戒したりせず、まずは相手と共存していく姿勢をもつことが重要です。
そして、仮にマナー違反を犯すようなことがあれば、一つ一つ懇切丁寧に、日本のルールやマナーを教えてあげるべきでしょう。
彼らは「確信犯で」マナー違反をしているのではなく、日本のルールや習慣をよく知らないでやっているケースが多いからです。
日本で生活する以上は「郷に従ったほうがいい」という意識を彼らの多くがもっており、マストの社会ルールには柔軟に従います。
そもそも、自分たちのやり方を貫いて、近所の人とトラブルを起こしたいなんて思っているはずがありません。
社会ルールに従って、近隣住民と円滑な関係を築いたほうが、日本で快適な生活を送れることは理解しています。
そのため彼らには、きちんと「正しいルール」を教えてあげることが重要です。
じつは彼らの多くは、日本に来てから「正しいルール」を教えてもらう機会がほとんどありません。
せいぜい日本語学校の先生から、基本的なことを教わるくらいではないでしょうか。
彼らに正しいルールを教えてあげれば、素直に助言に従ってくれるだけでなく、「教えてくれてありがとう」と感謝されることもあるはずです。
さいごに
言われてみれば、日本人には正しいルールを「見て学ぶ」文化があるのかもしれません。
「百聞は一見に如かず」や「習うより慣れよ」は、日本人独特の文化かもしれません。
ただ、日本の文化を暗に押し付けるのではなく、相手の文化を理解して、「教えてあげる」ことも外国人の方と交流する上で必要でしょう。
給料明細書を見せあう中国の方々に対し、「なぜ日本人は給料明細書を見せあわないのか?」を教えてあげてみるのも、仲良くなる方法の一つになるかもしれません。(執筆者:小山 信康)