過去最大となる武田薬品工業による、アイルランド製薬大手シャイアーを買収することを発表しました。
実現すれば、日本企業によるM&A(合併・買収)として過去最大案件となり、自分とほぼ同規模の相手を買収するという、武田薬品にとってまさに「社運をかけた大勝負」となります。
マーケットは厳しい反応で、それが武田薬品の株価に表れています。
なぜ武田薬品は大きな勝負に出たのか、その背景を検証していきます。
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目次
武田薬品工業の悲願は、世界トップ10入り
武田薬品工業社長は、グラクソ・スミスクラインからヘッドハンティングされたクリストフ・ウェバー氏(仏)で、経営陣のほとんどが外国人となっています。
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企業運営は、日本人の今までの発想とは違っています。
株主利益が優先させる考え方を前提にすれば、今回の買収劇は理解できるのかもしれません。
その経営陣が下した英断が、
ということです。
この大型買収には、前社長の長谷川閑史会長の「武田薬品を世界トップ10の企業にしよう」という悲願があるようです。
長谷川氏は、2003年6月に創業家出身の武田国男氏の後任として、社長に就任。
2006年に武田氏がCEO職を外れてから、長谷川氏が名実ともに同社のトップとなって、買収戦略を加速させるとともに、欧米メガファーマの幹部を引き抜き、開発部門などの主要ポストを、軒並み社外出身者で固めました。
役員が外国人ばかりという大胆なガバナンス改革は産業界の話題を呼びました。
当時の武田薬品は、糖尿病治療薬など主力4品目が相次ぎ特許切れを迎え、欧米メガファーマとの差が開かないよう手を打ち続ける必要がありました。
長谷川氏が主導して、がんに強いミレニアム・ファーマシューティカルズやナイコメッド(スイス)など外部の経営資源を取り込み続けたことで、売上規模は拡大傾向にありましたが、利益面は低迷が続いていました。
そんな中で、2014年に代表取締役会長兼最高経営責任者(CEO)に就任し、初の外国人社長であるクリストフ・ウェバー氏を後任に据えました。
2015年から、ウェバー社長はCEO職につき、長谷川会長は取締役会長となり、この6月の定時株主総会で退任し、相談役に就くことになりました。
製薬業界は「仕込み10年」と言われるようで、長谷川氏も就任時の4品目特許切れに苦しんだことから、将来の「創造」を強く意識したのだと思います。
武田薬品とシャイアーは、2018年5月8日に合意に達し、両社の臨時株主総会で承認を得て2019年6月までに買収を完了させる予定となってます。
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クリストフ・ウェバー社長はシャイアーについて、「完全に吸収する。名前も残さない」と語っています。
ノウハウや従業員は必要だとしながらも、「シャイアーは法人組織としては残らない」と強調しています。
両社の売上高はそれぞれ1.5兆円程度、単純に合算すると3兆円程度となり、世界9位の米ギリアド・サイエンシズ社などと並んで世界の製薬業界でトップ10入りとなります。
合併による株価や為替、さらには格付けへの影響
これにより、収益力や開発力を大幅に高めて欧米大手に対抗する方針ですが、マーケットは、巨額買収による財務悪化などへの懸念を強く持っているようで、それが直近の株価に表れています。
武田薬品の発表では、シャイアーの全株式を1株あたり約49ポンド(約7,200円)で買い取ります。
買収資金は、1株あたり約30ドル(約3,300円)の現金と、武田が発行する新株を組み合わせ、必要な資金調達のため、米JPモルガン・チェース、三井住友、三菱UFJの3行と限度額308億ドル(約3兆3,500億円)の融資を受ける契約を結びました。
今回の買収は、3月に発覚したときには、シャイアーの当時の時価総額が4兆円あまりでしたが、その後の交渉で7兆円近くに膨らみました。
競合他社との競争もあったのでしょう。
武田薬品は2017年9月末時点で1兆1,000億円の有利子負債を抱え、これに今回の買収のための借入3兆円が加わります。
さらにシャイアーも2兆円程度の負債があるとされ、買収後の負債は単純計算で6兆円程度まで膨らむ恐れがあるようです。
格付け会社も今後、武田薬品の調査を継続していくでしょう。
米系格付け会社のムーディーズ・ジャパンは5月9日に、武田の発行体格付けを「A1」から「A2」に1段階引き下げました。
これは過去の買収や直近の業績などを受けてのことで、シャイアー買収発表を受け、さらに格下げ方向で見直すとしているとのことです。
今回の買収の資金確保のため、武田薬品が新株発行を盛り込んでいるのも不安材料とする指摘もあります。
武田薬品の時価総額、この間の株価下落もあって3兆円台半ばになっており、株価の動向によっては、現状に匹敵する新株の発行が必要になるとされています。
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株式の価値が希薄化する懸念があるという指摘もあります。
確かに、シャイアーは2017年12月期の営業利益が2,600億円と、武田の1,500億円(2017年3月期)を上回っており、1株利益は株数が2倍になっても目減りしない計算にはなります。
しかし、将来的にシャイアーの成長性を疑問視する声もないわけではありません。
こういったことを投資家は敏感に感じているのが、直近の武田薬品の株価です。
武田薬品とシャイアーのような大型買収案件が進めば、為替にも影響があることは考えられます。
円を売るわけですから、相手方がポンドであれドルであれ、円売りによる円安が想定されることはありますが、この案件だけで為替は動くわけではないので、ひとつの要因としてみておけばよいでしょう。
武田薬品がシャイアー買収に踏み切った背景
そうまでして、シャイアー買収に踏み切った狙いは、「新薬開発」と「販売強化」の2面があると言われています。
新薬の開発には、1,000億~2,000億円という多額の費用と10年超の時間がかかるため、体力勝負の側面が強く、従来から規模拡大が世界共通の課題でした。
ただ、一からの開発は時間がかかるため、既に新薬を開発した同業者を買収するというのが近年の傾向になっています。
長谷川前社長も、この戦略から、前述のがん分野に強い米ミレニアム・ファーマシューティカルズを2008年に約8,800億円で買収、2017年にも同じく米アリアド・ファーマシューティカルズを約6,000億円で買収しました。
既に持つラインアップと開発力の両にらみのM&Aでした。
シャイアーは、血友病など希少疾患の治療薬や血液製剤に強みがあり、開発が最終段階にある新薬候補も複数持ち、遺伝子治療の分野も得意としています。
消化器系疾患、がん、中枢神経系疾患という武田薬品の三つの重点領域に加え、近い将来、新たな収益の柱になりうるのが大きな魅力といえます。
シャイアー買収に関して他社の参入、競争が厳しかったことからも、シャイアーの新薬開発に関する企業価値の高さが伺えます。
販売面では、シャイアーは世界最大市場の米国で強いほか、世界100か国以上に販売網を持ち、日本中心にアジアに強い武田薬品との地域補完性が高いと判断して海外の販路拡大を狙ったと思われます。
通常のM&A同様、コスト削減効果を見込むのはもちろんのことで、合併3年後に年14億ドル(約1,500億円)節減できると弾いています。
NISAで人気の銘柄
武田薬品の株は、NISA口座での配当狙いで、多くの個人投資家が買っている銘柄です。
個人投資家が買い支えてくれる、安値を拾うことも考えられます。
ただ、武田薬品は外資系企業になるのではということは、気をつけて見ておいて下さい。
日本ブランド企業も、いつまでもガラパゴスではいられない、グローバルとはそういうことだということを、私達は認識したほうが良いでしょう。(執筆者:原 彰宏)