前回の記事では、民法(相続法)の改正にあわせ、「特別寄与料や遺留分制度の見直し」についてみてまいりました。
最終回のテーマは「配偶者居住権」です。
目次
1. 配偶者居住権って何? ~なんで配偶者居住権ができたの~
近年、被相続人所有不動産に居住していた配偶者が、代償金等を準備できず、被相続人所有不動産に住み続けることができなくなり、住処を失うという事態が生じてきました。
【被相続人(父)、配偶者、長男、二男の遺産分割のケース】
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被相続人の遺産 自宅4,000万円、預貯金2,000万円
法定相続分
・ 配偶者 2分の1
・ 長男 4分の1
・ 二男 4分の1
遺言等がなく法定相続分どおり分けるとすると、配偶者が住み慣れた自宅を取得する場合は、
・ 配偶者 自宅4,000万円 (法定相続分 +1,000万円)
・ 長男 預貯金1,000万円 (法定相続分 -500万円)
・ 二男 預貯金1,000万円 (法定相続分 -500万円)
となり、配偶者は法定相続分の超過分1,000万円を長男、二男にそれぞれ500万円ずつ支払わなければいけません。
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しかし、高齢の配偶者が1,000万円という大金をもっていることは少なく、今後の生活費のことを考えると、自宅の取得をあきらめるという事態になりかねません。
高齢の配偶者からすると住み慣れた自宅を離れるということは、精神的にも負担が非常に大きいともいえます。
今回の民法改正では、配偶者が安心して自宅に住み続けられるように、自宅に無償で住むことができる配偶者居住権が創設されました。
2. 配偶者居住権の種類と内容 ~短期と長期~
無償で被相続人がもっていた自宅に住み続けられる「配偶者居住権」には、短期と長期の2種類があります。
それぞれの居住権について、見てまいりましょう。
「短期」の配偶者居住権
「短期」の居住権は、相続発生後の一定期間(短期間)の配偶者居住権を保証するものです。
具体的には、
です。
短期間限定の居住権になりますので、登記はできず、相続の時の財産的価値もございません。
無償で住んでいるのだからその分相続分を減らすなどはいたしません。
「長期」の配偶者居住権
非常に長い期間の配偶者居住権を保証するものです。
別の定めも可能ですが、原則として期間は配偶者が亡くなるまでです。
また、遺言や死因贈与、遺産分割協議で、家庭裁判所での審判により、「長期」の配偶者居住権を取得できます。
この「長期」の居住権は、亡くなるまで無償で住めるという非常に強い権利を有しますので、登記も可能で、相続の時に財産的価値を有します。
配偶者居住権付きの所有権を取得した人は配偶者居住権がある間は当該不動産を売却できません。
3. 配偶者居住権の落とし穴 ~注意すべき点とは~
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配偶者居住権を用いるときに、気を付けるべきことがいくつかあります。
(1) 期間
「長期」の配偶者居住権は、原則配偶者が亡くなるまで存続する権利です。
と思っていたとしても、その配偶者の方が105歳生きたら35年配偶者居住権が存続するということになります。
つまり、35年間自宅を処分できないということです。
「長期」配偶者居住権をつけた時には、その居住権の存続期間が分からないため、長期間自宅を処分できないなどの、予期しない損害を被ることもあります。
この「期間」については、遺言や遺産分割協議で10年や20年等別の定めも可能なので、必要な場合は期間の定めをおくのも有効です。
(2) 譲渡(売却)ができない
例えば、「長期」の配偶者居住権を相続した配偶者が、自宅で住み続けるのが大変になってきたから施設に入居したいと思った時に施設の入居費用を捻出するため、「長期」の配偶者居住権を売却できるかというとそれは「否」です。
配偶者居住権は、他の人に売却できる権利ではないため、施設の費用等を捻出するために用いれません。
(3) 評価
「長期」の配偶者居住権は、相続の際に「財産的価値」を有するため、以下のような計算です。
(1) と同様のケース ※仮に配偶者居住権の評価が2,000万円だとすると、
・ 配偶者 配偶者居住権 2,500万円 預貯金500万円
・ 長男 配偶者居住権の負担付所有権 1,500万円
・ 二男 預貯金 1,500万円
となります。
相続税法上の評価では、「平均余命」を用いて財産的価値が算出される予定ですが、遺産分割上の評価方法は、まだ確定しておりません。
仮に余命宣告がされている70歳の配偶者と健康な70歳の配偶者の場合、どのような評価方法になるかはまだ分かりません。
安易に「配偶者居住権」を用いると評価方法で争いになる可能性も出てきてしまいます。
そのため、「配偶者居住権」を使いたいという場合は、これらの気を付けるポイントについて検討し、専門家に相談をしながら判断することをおすすめいたします。
ただ、例えば前妻との子どもと後妻とが相続人となるケースについては、
ので、積極的に検討しても良いかもしれません。
4. その他の配偶者保護のための改正
上記の配偶者居住権以外にも、今回配偶者を保護する方向での改正があります。
通常は「特別受益」に該当する生前贈与は、遺産の前渡しとして遺産分割の時に計算にはいるのだが、特別受益の持戻し免除の意思表示があったものと推定されます。
結婚期間が20年以上の夫婦であれば、自宅の土地建物を夫婦の一方に生前贈与や遺言により取得させても、遺産分割の時の相続分としては計算に入らないようになります。
そのため、配偶者に、自宅以外に預貯金等の生活資金を多く相続させたいという場合は、自宅を生前贈与や遺言により取得させることも検討すると良いと思います。(執筆者:松村 茉里)