日本は、2020年の訪日外国人旅行者数4,000万人を目指しています。
増加するインバウンド需要を追い風に大都市や観光地でホテル建設が相次ぎ、最近ではホテル開業のニュースを毎日のように目にします。
開発をけん引するのは、数年前から開発計画をスタートさせていたビジネスホテルチェーンや大手不動産会社ですが、実はこの市場にチャンスを見出した個人投資家もいます。
今回は、市場価値が低い空き家をプロの目線でテーマを持たせた宿泊施設にリノベーションした事例を紹介します。
目次
古民家が都市部でも人気を集めている
古民家とは、一般的に築50年以上たった木造住宅とされています。
古き良き時代の面影を残す古民家はカフェや宿泊施設に転用されているのですが、日本家屋に魅力を感じている若者や訪日外国人の需要があるため、都市部でも人気を集めています。
空き家の活用が全国的な課題となっている昨今、外国人が好むゲストハウスに蘇らせて成功した物件が東京都墨田区にあります。
古民家リノベゲストハウスの成功事例「華~HANA~」の場合

2018年12月、東京都墨田区に「華~HANA~」というゲストハウスがオープンしました。
ここはもともと築60年の古民家でした。
オープン後、稼働率7~8割と予約の埋まり具合は順調で、OTAサイトに投稿される宿泊者のレビューも非常に高評価です。
その理由はどこにあるのでしょうか。
「1棟貸切」宿泊施設にすることでホテルと差別化
この物件は、スカイツリーや浅草といったインバウンド客に人気の観光地に近く、築古の空き家で不動産取得コストも低いことから、1棟貸切のゲストハウスとして高い収益性がありました。
一方、立地と同じくらい重視されたのは建物の面積です。
成功するゲストハウスの物件選定の条件のひとつに、「4人以上がゆったり滞在できる広さ」というのがあります。
昨今開発が活発化しているビジネスホテルは、シングル・ダブル・ツインがメインで1部屋あたり2~3人程度が定員となり、4人以上になると別々の部屋に寝泊まりすることになります。
一方、1棟貸切のゲストハウスは、ひとつ屋根の下で大勢が過ごすことができ、「家族一緒」を好むアジア系インバウンド客に人気があるほか、日本風の暮らしを「体験できる」というところが魅力であり、ホテルとの差別化ができるのです。
実際にお泊まりいただいたお客様をみると家族3世代や友人同士など、想定通り大人数での利用が見られます。
観光庁が発表したデータによると、2018年の訪日外国人旅行客は前年比8.7%増の3,119万人となっています。
来日の目的をみると、
「業務目的」:13.8%
となっており、観光客の割合が右肩上がりです。
「観光・レジャー目的」で来日する外国人は、家族や親族、友人同士で訪れる人が多いため、より大人数で泊まれる宿泊施設を求める傾向が強まっているとみられます。
古民家再生から1棟貸切の「ゲストハウス」になるまで
ここからは、東京都墨田区「華~HANA~」を例にあげながら、古民家再生から1棟貸切の「ゲストハウス」がどのようにできあがるのか、具体的な内容を見ていきましょう。
まずは、外観から見てみましょう。
建物の外観:「レトロ感」を活かして日本らしい日常を演出


築60年の木造建築だけあって外観は古さを感じるものの、入り口の引き戸や2階部分にある鉄製のサッシ、戸袋が外側にある雨戸にはレトロな趣がありました。
サッシ部分はそのまま残し、外観は町家の雰囲気を醸し出し「和」をイメージさせる白と黒の2トーンカラーに塗り替えました。
1階の雨戸はそのままにすると生活感が出てしまうため、よりおしゃれにするために木製の格子を取り付けて、宿であることがわかるように玄関の暖簾と照明を設置しました。
照明は夜になるとぼんやりと辺りを照らす温かみのある提灯のような優しいものを採用しています。
費用を抑えるために大きな改修は行っていませんが、外観の色を塗り替えるだけでもイメージが変わり、宿らしさがでています。
建物の内装:昔ながらの間取りを現代風にしつつ改修


1階部分は、2つの和室が壁と引き戸で仕切られていましたが、それらを取り払い、押し入れも撤去して奥行きのある広々とした空間へと改修しました。
大人数でもひとつの空間で過ごすことができるよう、玄関を入ってすぐの和室は畳にして団らんスペースに、奥のフローリング部分は椅子に座って食事ができるダイニングスペースにしています。
和と洋、両方のスタイルを取り入れることで、日本文化に慣れない外国人観光客でも和の文化を感じ、畳部屋の低い机でお茶や和菓子を食べて日本らしさを体験できると同時にストレスなく過ごせる空間になっています。
玄関部分の「土間」はあえてそのまま残しています。
キャリーケースなどの大きな荷物を出し入れしやすく、また日本らしく靴を脱いで居間にあがる文化をわかりやすくするためでもあります。
寝室:ベッド・布団の両方を準備し、くつろげる空間に


古めかしさを感じる2階は、寝室としてベッドを3つ・敷布団を3つ敷ける空間になっています。
1階同様「和」と「洋」の両方を取り入れることで、6人が好きなスタイルでゆっくりと眠ることができる工夫がしてあります。
親子3世代で利用される場合、足腰が悪くなった世代は立ち座りの容易なベッドを好みますし、小さなお子様がいると敷布団はたいへん喜ばれます。
また、柱がむき出しになった「真壁(しんかべ)」はそのまま残しています。
「真壁」とは、古くから日本の建築に用いられてきた壁のつくりで、柱や梁が表面に見えている壁のことをいいます。
一方、「大壁(おおかべ)」は、柱や梁がパネルなどで覆い隠されて表面に見えないフラットな壁のことをいいます。
現在ほとんどの住宅では、「大壁」が主流になっています。
「真壁」の良さは、木のぬくもりが感じられることと、壁や柱が呼吸することで室内の湿度調整の役割を果たしてくれることです。
この物件では、1階は「大壁」、2階は「真壁」にして、日本の住宅の「今と昔」の両方を演出しました。
また、1階で使われていた木の引き戸もそのまま2階に持っていき、再利用しています。
柱も引き戸も古びて木の色が濃くなっていたため、脱色して優しい色合いを出し、全体の雰囲気になじむテイストにしてあります。
特徴的な2階の丸窓を残すことで、建物の持つオリジナリティを空間の中に活かしています。
「既存のものを活かす」と言葉でいうのは簡単ですが、実際には難しい部分もあります。
古い木材は経年劣化により多少変形していますので、真っすぐな新しい木材と組み合わせるためには木を削って調整する必要があるからです。
コスト面やデザイン的な観点から今回、柱や引き戸など「使えるものは極力残す」方針でしたので、大工さんたちは苦労をしたと思います。
しかし、その分、デザイナーが思い描いた通りのすてきな空間になっています。
天井:新たに作った吹き抜けは宿泊者に好評
この建物でとくにこだわったのが「吹き抜け」です。
もともとの住まいにはなかった「吹き抜け」をつくることで床面積は狭くなりますが、1階と2階で別々に過ごしていてもお互いの気配を感じられるというメリットがあります。
この吹き抜けは宿泊者にも大変好評で、
などのお声をいただいています。
既存のものを活かしたり、新しい空間を演出したりできるのがリノベーションの奥深さでもあります。
完全に一新してしまうのではなく、建物がもつ個性を残すことで、世界にたったひとつのゲストハウスをつくれます。
旅館・ゲストハウスづくりで大切なこと
旅館・ゲストハウスづくりにおいて最も大切なのは、オーナーとの対話です。
基本的にはプロがプランニングを行い、オーナーに提案するスタイルで進められていきますが、オーナーの意向はできるだけ取り入れてもらえるパートナー企業を選ぶことをおすすめします。
たくさん対話を重ねることで宿への愛着がわき、その後の旅館運営にもつながります。
旅館づくりの楽しさをオーナーにも感じてもらうことが大切です。
1棟貸しゲストハウスは高利回り
賃貸投資の実質利回りが3~5%と言われていますが、中・大型ホテルでは5~6%、1棟貸しゲストハウスは6~9%となっており、宿泊施設への投資は非常に魅力のある事業であると言えます。
日本各地で問題になっている空き家の活用法のひとつが私が提案している「ゲストハウス事業」です。
プロの手でリノベーションを行えば「収益を生み出す物件」へと蘇らせることが可能です。
このような取り組みは、社会的にも非常に意義あるものと考えます。
個人投資家・海外投資家だけではなく、新規事業参入を検討している企業まで、幅広い方々がスタートできる事業だと思います。(執筆者:浅見 清夏)