相続法の改正により「配偶者短期居住権」が創設されました。
これにより、相続発生前から被相続人の所有する建物に居住していた場合、配偶者は他の相続人や第3者に対して相続開始後も一定期間「家に住む権利」を主張できます。
ただし、配偶者短期居住権が認められるのは「法律婚」の配偶者のみであり「事実婚(内縁関係)」の配偶者は含まれません。
以下では、配偶者短期居住権の内容や改正法の施行時期、内縁の配偶者を保護する方法などについて、弁護士が解説していきます。
目次
配偶者短期居住権とは
配偶者短期居住権とは、被相続人の死亡前から被相続人が所有する家に居住していた配偶者が相続開始後も、一定期間は家に住み続けられる権利です。
改正法施行後は配偶者短期居住権が認められるので、配偶者は相続開始後に他の相続人から「すぐに家から出て行ってほしい」などと言われて追い出されずに済みます。
相続開始後、配偶者がすぐに家から追い出されると住処を失うなどの不利益が大きく、配偶者の権利が害される可能性があるため、配偶者短期居住権が創設されました。
たとえば、夫が「家は子どもに譲る」などとする遺言を残していたら、相続開始と同時に家は子どものものとなります。
子どもは所有者として妻を追い出そうとするかもしれません。
そのような時でも「配偶者短期居住権」が認められるので、妻は一定期間家に住み続けることが可能です。
配偶者短期居住権によっていつまで家に住めるのか

配偶者短期居住権が認められると、配偶者は相続発生後いつまで家に住み続けることができるのでしょうか。
(配偶者短期居住権)
第千三十七条 配偶者は、被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に無償で居住していた場合には、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める日までの間、その居住していた建物(以下この節において「居住建物」という。)の所有権を相続又は遺贈により取得した者(以下この節において「居住建物取得者」という。)に対し、居住建物について無償で使用する権利(居住建物の一部のみを無償で使用していた場合にあっては、その部分について無償で使用する権利。以下この節において「配偶者短期居住権」という。)を有する。ただし、配偶者が、相続開始の時において居住建物に係る配偶者居住権を取得したとき、又は第八百九十一条の規定に該当し若しくは廃除によってその相続権を失ったときは、この限りでない。
一 居住建物について配偶者を含む共同相続人間で遺産の分割をすべき場合 遺産の分割により居住建物の帰属が確定した日又は相続開始の時から六箇月を経過する日のいずれか遅い日
二 前号に掲げる場合以外の場合 第三項の申入れの日から六箇月を経過する日
2 前項本文の場合においては、居住建物取得者は、第三者に対する居住建物の譲渡その他の方法により配偶者の居住建物の使用を妨げてはならない。
3 居住建物取得者は、第一項第一号に掲げる場合を除くほか、いつでも配偶者短期居住権の消滅の申入れをすることができる。
令和元年六月十四日公布(令和元年法律第三十四号)改正
法律は、以下のどちらか遅い方の日までの居住権を認めています(新民法1037条)。
・ 相続開始から6か月を経過した日まで
つまり、最短でも6か月間は元の家に住み続けることができます。
もしも遺産分割協議に2年、3年がかかった場合にも「短期」居住権とはいえその間ずっと無償で家に住み続けることが可能です。
配偶者短期居住権が適用される条件
配偶者短期居住権が適用される条件は、以下の2つです。
条件1. 被相続人の法律婚の配偶者であること
配偶者短期居住権が認められるのは、「法律婚」の配偶者のみです。
法律上、事実婚(内縁関係)の配偶者には認められません。
条件2. 相続開始前から被相続人の所有する家に住み続けていること
配偶者が短期居住権を主張するためには、相続開始前から被相続人所有の家に住み続けていることが必要です。
被相続人名義でない家については居住権が認められませんし、相続開始前に住んでいなかった場合にも、保護の必要性が認められないため配偶者短期居住権は発生しません。
配偶者短期居住権の施行時期
改正民法は段階的に施行されています。
配偶者短期居住権の施行時期(有効となる時期)がいつなのかを確認しましょう。
配偶者短期居住権は、2020年4月1日に施行される予定です。
2020年4月1日以降に発生した相続について配偶者短期居住権の規定が適用されます。
配偶者短期居住権について、よくある質問
ここからは、配偶者短期居住権についてよくある質問とその答えを見ていきましょう。
Q1:婚姻年数は関係ないのか
配偶者短期居住権が適用されるために、婚姻年数による制限はありません。
婚姻期間が1年でも2年でも、たとえ半年であっても上記で示した条件さえ満たしていれば配偶者短期居住権を主張できます。
Q2:相続税はかからないのか
なぜなら「財産性」が認められないからです。
配偶者短期居住権は「短期間家に住み続ける」だけの権利であり、その後は家を退去しなければなりません。
それでは「何ももらっていない」のと同じです。
ですが、短期居住権には相続税がかからないので安心して権利を主張しましょう。
Q3:内縁の妻は保護の対象外なのか
法律上、配偶者短期居住権が認められるのは「法律婚」の配偶者のみです。
内縁の妻の場合、残念ながら保護の対象外です。
もしも
など相続後に向けての対策をしておくべきです。
Q4:賃貸の場合には保護されないのか
配偶者短期居住権は「被相続人所有の家」に居住していた場合にのみ適用されます。
賃貸の場合は対象外ですから、相続開始後に大家に対して配偶者短期居住権を主張はできません。
ただし、法律婚の配偶者は被相続人の「賃借人の地位」を相続するので、「賃借人と」して家に住み続けることが可能です。
また内縁の妻の場合にも、他の相続人の「賃借人の地位」を援用して家に住み続けることができると判断された判例があります(最判昭和37年12月25日)。
そこで、賃貸の場合には配偶者短期居住権は適用されなくても、配偶者は賃貸物件に住み続けられる可能性が高いと言えます。
内縁の妻はまったく保護されないのか
基本的に、配偶者短期居住権が認められるのは法律上、法律婚の配偶者のみに限られます。
では内縁の妻の場合、まったく保護を受けられないのでしょうか。
確かに、法的には内縁の妻が相続開始後も家に住み続ける権利は整備されていません。
しかし法律婚の妻と同様に被相続人と夫婦として暮らしてきた内縁の妻が、相続開始後にすぐに家から退去させられるのは不合理です。
そこでこれまでも判例により、内縁の妻が保護された事例がいくつかあります。
内縁の妻の事例1
1つは内縁の妻が被相続人を賃借人とする賃貸住宅に居住していた事例で、相続開始後に内縁の妻が相続人の賃借権を援用し、家に住み続けることができると判断されています(最判昭和37年12月25日)。
内縁の妻の事例2
もう1つは、内縁の妻が被相続人名義の家に住んでいた事例で、相続人である子どもが内縁の妻へと退去請求をしたとき、裁判所はその請求を「権利の濫用」として認めませんでした(最判昭和39年10月13日)。
このように、内縁の妻にも一定の保護が及ぶ可能性があります。
ですが、やはり遺言等で内縁の妻が家に住み続けられるよう、対策を取っておくのが望ましいでしょう。(執筆者:松村 茉里)