公的年金の最大の特徴は「終身型」であるということです。
「終身型」とは、一言でいえば、生存している限り、無期限で支給が約束されているということです。
これは貯蓄では実現できない機能です。
さらにもう一つの重要な特徴として、年金の繰り下げ制度があげられます。
これは、年金受給開始年齢を遅らせることができるという制度です。
年金の繰り下げ制度は、長生きリスクへの備えとして注目に値します。
目次
年金の繰り下げ受給を正しく理解する

年金の繰り下げ受給について解説します。
年金受給開始時期は60~70歳の間で選択できる
一般的な年金の入門書には「年金受給は原則65歳から」と記載されていますが、これは厳密には正しくありません。
制度上は60~70歳の間で選択できるのです。
そうであれば早めに受け取ったほうがよいのではと思いがちですが、受け取り時期を早める(繰り上げる)ことによって、受給金額が減額されてしまうため、多くの方は65歳からの受給を選択しているのです。
受給時期を繰り下げると受給額が増える
反対に受給の時期を遅くする(繰り下げる)こともできます。
1年以上1か月単位での繰り下げが可能で、1か月0.7%の割合で年金受給額が増えます。
70歳まで繰り下げた場合は、年金の受給額がなんと42%アップすることになるのです。
年金が終身型であることを考えれば、この上昇率は魅力的です。
年金の繰り下げ受給は基礎年金(国民年金)と厚生年金どちらでも請求できます。
繰り下げ年齢は75歳まで延長される見込み
さらに今後は繰り下げ年齢が75歳まで延長されて、受給額も65歳時の1.8倍以上となる見込みです。
この繰り下げ受給の報道でどうしても誤解されやすいところは、支給開始年齢を一律に遅らせる改正だと思われているところです。
しかし、この制度は個人の選択の範囲が広がるだけの話なので、正しく伝われば特段に反対される理由はありません。
繰り下げ受給を利用した方がお得か否か
繰り下げ受給の損得の目安としては、
という結論になるのですが、本来、長生きリスク対策の主要な目的は、老後になっても生活資金が枯渇することなく安心して生活ができる環境を整えることです。
つまり、電卓をたたいて経済的な損得を論じることはあまり意味がないのです。
繰り下げ受給に慎重論をとなえるFPがいるのはなぜか
年金の繰り下げ受給の利用に関しては、慎重論をとなえるファイナンシャルプランナーがいることも確かです。
理由の1つは、繰り下げることによって、老後の税金や社会保険料の負担が増えるからです。
また加給年金がもらえなくなるなどで、実際の手取り額は42%増より低くなり、82歳という損益分岐点も数年後へずれ込むといった指摘です。
特に男性は平均寿命が81.25歳であることもあって、元を取れるかどうか不安が残ります。
しかし、繰り返しになりますが、繰り下げ受給の目的は、終身の年金受給額を厚くして老後への不安を解消する、というメンタル面の健全化です。
経済的に元が取れるとか損益分岐点という話は、乱暴に言ってしまえば本来もっとも重要ではないのです。
年金の繰り下げ受給に迷っている方への妥協案

人生100年時代だからといっても、100までの寿命が約束されているわけではありません。
老後設計の難しさは寿命が予測できないことです。
しかし少なくとも長寿の可能性がある以上、リスク対策の観点から年金の繰り下げ受給を活用して年金額を増やしておくことは大切な備えです。
しかしこの繰り下げ受給は一般的にあまり認知されていないこともあって、利用している方が極めて少ないのです。
また頭では理解していてもいざとなるとどうしても躊躇してしまう方も多いようです。
そこで年金の繰り下げ受給をより活用しやすくなるような3つの妥協案を提案してみます。
1. 平均寿命の長い妻だけ繰り下げ受給をする
繰り下げ受給で時々耳にする声として、「繰り下げて5年待っている間に制度が変更されたら」といった不安があります。
これははっきり言って過剰な不安ですが、夫婦一緒に繰り下げることにはどうしても抵抗を感じるという方も一定数いることは確かです。
そのような方にはまず妻だけ優先して繰り下げ受給をすることを提案します。
ご存じのように女性の平均寿命(87.32歳)は男性より明らかに長いため、確率的にも男性よりお得であり理にかなっています。
2. 66歳、67歳、68歳と徐々に繰り下げていく
年金は、受給開始年齢を事前に決める必要はありません。
そもそも年金は請求しない限りもらえないため、65歳の誕生月に送られてくる請求書を返信しなければ勝手に繰り下げとなるのです。
請求書は毎年送られてくるので、まず65歳から1年間がんばって繰り下げてみます。
そして1年後、自身の蓄え、就労状況などを加味して、もう1年がんばれそうだったらさらに繰り下げます。
そうこうしているうちに70歳(75歳)まで繰り下げが到達できているかもしれません。
5年繰り下げると考えてしまうとハードルが高そうですが、1年ごとに行けるところまで、と考えたら何とかなりそうな気がしませんか。
3. 加給年金はしっかりもらう
加給年金とは、夫が65歳になってから年下の妻が65歳になるまでの期間、約39万円の年金額が毎年加算される制度です。
夫の厚生年金の加入期間が20年以上であったり妻の年収などにも一定の条件はありますが、繰り下げ受給をしてしまうと、この加給年金がもらえなくなってしまいます。
39万円となると大きな額であるため、この一点で繰り下げには及び腰になるのも無理はありません。
そこで対策として、夫の基礎年金だけを繰り下げるという選択をします。
加給年金は厚生年金に組み込まれている制度のため、基礎年金だけを繰り下げるのであれば、加給年金を失うことなくもらい続けることができるのです。
可能な限り繰り下げ受給がおすすめ
以上これらは妥協案であり、私の個人的見解としては夫婦そろって可能な限り繰り下げ受給することをおすすめします。
なぜなら老後のマネープランとは生活費の確保だけではなく、医療や介護といった金額を見積もることが難しい不確定要素との戦いだからです。
多くの方が年金は老後設計の軸となります。
生きている限り無期限で支給される公的年金の受給額を増幅できる繰り下げの仕組みは、最大限活用しておきたいものです。(執筆者:長崎 寛人)