某一部上場企業の会長の香港移住問題

 少し前の読売新聞に『香港移住で税回避』というタイトルの記事が掲載されていました。この記事の内容の概要は次の通りです。

 某一部上場企業の会長が、2008年に、代表取締役会長から名誉会長に退いたのちに、東京から香港に転居し、住所を移しました。その後は、退任した会社から受け取る報酬や株の配当については日本で源泉所得税を納めていたそうです。

 ただし、香港や韓国などの海外子会社から受け取る報酬や海外に持つ個人資産の運用益などは、日本での申告をしていなかたそうです。そして、転居して2年後(2010年6月)には、再度、退任した会社の経営のかじ取りを行うために代表取締役会長に復帰したそうです。住所は香港のままとし、海外所得の日本での納税は行っていなかったといいます。

 ここでポイントとなるのは、同会長は香港移住後も頻繁に来日しては東京の旧自宅を使用し、その日本の滞在日数は香港を大きく上回っていたこと、さらには名誉会長だった時期も役員会で経営方針を示すなどの実質の経営権を握っていたことがあります。

 以上のような状況から、東京国税局は生活の本拠は日本の国内にあるとし、海外所得の分も日本で納付すべきであると認定しました。

 また、東京国税局は香港では海外で得た所得や株の配当などは非課税で、所得税率も約15%と、最高40%の日本の半分以下になることから、同会長は日本での申告を避けることで、所得税額を減らししたと判断したようです。

 同会長の税理士は、香港への移住は会社のグローバル展開などを考えたビジネス上の理由で、税金を逃れるためのものではなかったしていますが、現実的に香港の滞在日数が短かったことは事実なので、国税局の指摘を受け入れたそうです。

 この、事実認定による申告漏れの金額は、2011年までの3年間で計約10億円になったようです。そして、海外での納税額を差し引いた所得税の追徴税額は、無申告加算税を含めて1億数千万円にのぼり、すでに納付されたようです。

 今回のケースは、海外に住居を移し、日本の所得税の軽減を図ったものと認定され課税されたケースです。

 この東京国税局の事実認定に対して、顧問税理士は、日本の滞在日収が年間の過半を超えていることから、この事実認定を受け入れ税務訴訟等には至らなかったようです。

『武富士事件』では国税局の敗訴に

 今回に似たケースである住所は国内にあるとして申告漏れを指摘した『武富士事件』では、最高裁まで争った結果、居住地は『目的』という主観的要素で判断するものではなく、滞在人数など客観的な事実で判断すべきであるとして、国税局の敗訴となり、巨額の課税取り消しで、国は利子分も含めて約2000億円を返還することとなりました。

 この武富士事件は、贈与税が対象でしたが、その海外への住所移転は贈与税を免れるためのものとして海外への滞在日数が年間の過半を超えているのにも関わらずに課税したものです。

 もっとも、その海外への滞在日数は、顧問の公認会計士等が指導していた事実もあり、その事実も課税の根拠として争いました。また、その海外の住まいがホテルのような住まいであったということも課税根拠となっていました。

 『武富士事件』では、海外滞在が年間の過半を超えていたとしても、その住まいが仮住まい的な寓居であること、海外の滞在日数は、税務の専門家が指導していた事実、等々を課税根拠として争ったわけです。

 結果は冒頭の通り、国の敗訴でした。租税法律主義は守られなければならないといった趣旨もあったようです。租税法律主義は、税金は法律で定めた範疇のなかでしか課税できないといったような内容です。つまり、課税をするののには、常に法理の根拠が必要となるということです

 この租税法律種主義は憲法に規定されていますので、非常に重要な課税根拠となってきます。

課税立法と回避スキームのいたちごっこは続く

 ここで、問題なのは、海外の居住者に対する日本の課税の立法でしょう。正直いって、きりがありません。それでも、相続税法では、納税義務者の条文改正を都度行っては税の取りこぼし防止を図っています。

 法律で、定めきれていないグレーな事象はどう対応するか。これは、課税公平の主義に基づいて、その事実を認めると課税上、著しい不公平が生じるときには、その事実認定で課税することとなってくるわけです。

 いわゆる、正直者が損をするといったことを防止していくわけです。今回の会長への課税に対して国税側は、入念な調査を行っての結果だったようです。この会長は、日本と香港以外にも、米国、韓国、豪州など多くの国に滞在していたようです。国税局は各国の滞在機関を綿密に調査して、日本の滞在期間が香港を大きく上回っていたことを突き止めたうえでの課税だったようです。

 いかに、立証するかが、国税局側のポイントとなってきます。いかに、立証されないようにするかが納税者側のポイントとなってきます。まさに、いたちごっこ…。

 巧妙な税軽減のスキームや商品が表れてくれば、それを防止する『個別的否認規定』が立法される。そして、それを上回るスキームや商品が表れてくる。海外を利用した税の軽減スキームや商品の今後の展開は、どうなっていくことでしょうか?(執筆者:荒木 達也)