自民党の小泉進次郎議員らが作る「2020年以降の経済財政構想小委員会」は、2017年3月末頃に、保育や幼児教育を実質的に無償化するため、「こども保険」の創設を提唱しました。

もちろん無償化を実現するには、財源が必要になるため、厚生年金保険は月0.1%、国民年金は月160円くらい、保険料を値上げします

またこの後も段階的に値上げは続いていき、最終的には厚生年金保険は月0.5%、国民年金は月830円くらい、保険料を値上げします

このような値上げ分を、児童手当に上乗せして支給することにより、保育や幼児教育の実質的な無償化を実現するそうです。

こども保険の財源を確保するために提案された「年金返上」

こども保険の創設が提唱された時は、かなりの話題になりましたが、最近は全く話題になりません。

あれからどうなったのかと思っていたら、こども保険の財源を確保するため、小泉進次郎議員が企業経営者などの富裕層に対して、「年金返上」を求めたという記事が、最近発売された週刊誌に掲載されておりました。

この週刊誌の記事によると、すでに複数の企業経営者が、求めに応じて年金返上を実施したそうです。

また小泉進次郎議員は年金返上者に対して、厚生労働大臣表彰や叙勲などをする案を検討しているそうです。

老齢年金を受給する権利は、自主的に放棄できるものではない

この週刊誌の記事を読んでいて、もっとも疑問を感じたのは、企業経営者がどうやって年金返上を実施したかです。

公的年金の保険料を納付した期間や、免除を受けた期間などの合計が、原則10年以上に達した場合には、老齢基礎年金や老齢厚生年金などの「老齢年金」を受給する権利を取得します。

またこれらを受給できる年齢に近づいた時は、所定の請求手続きを行い、老齢年金を受給する権利があることを、日本年金機構などに確認してもらい、確認が済むと支給が始まります。

このようにして明確になった、老齢年金を受給する権利は、死亡するまで失権しないのですから、自主的に放棄することはできないと思うのです。

年金返上と同様の効果が生じる「受給権者の申出による支給停止」

国民年金法の第二十条の二第一項を読むと、次のような文章が記載されております。

「年金給付(この法律の他の規定又は他の法令の規定によりその全額につき支給を停止されている年金給付を除く。)は、その受給権者の申出により、その全額の支給を停止する」

これは「受給権者の申出による支給停止」について記載したものであり、厚生年金保険法にも同じような規定があります。

あくまで推測ですが、小泉進次郎議員の求めに応じて、年金返上を実施した企業経営者は、この制度を利用したのではないかと思うのです。

なお制度の名称の通り、老齢年金を受給する権利を失権させるのではなく、支給停止にするだけなので、申出を撤回すれば支給停止が解除され、再び老齢年金を受給できます。

ただ支給停止された期間の老齢年金を、さかのぼって受給することはできず、また受給を先延ばししたからといって、「繰下げ制度」のように年金額が増額することはありません

世間から存在を忘れられていた制度が、再注目されようとしている

受給権者の申出による支給停止は、2007年4月から始まった10年程度の歴史がある制度であり、当初は年金財政の改善に少しでも貢献したいという数名の国会議員が、自ら年金を支給停止にして話題になりました。

しかしそれ以降は全く話題になっていないので、国会議員でもほとんど利用していないはずです。

このように世間から存在を忘れられていた制度が、小泉進次郎議員によって再注目されようとしているのは、良いことではないかと思います

小泉進次郎議員の知名度、勲章というモチベーション、年金返上による企業のイメージアップなどにより、自ら年金を支給停止にする企業経営者は、少しずつ増えていくかもしれません。

そうはいっても自ら年金を支給停止にするのは、年金が必要ない富裕層だけであり、自分には関係がないと思うかもしれませんが、富裕層以外の方であっても、あえて年金を支給停止にする場合があります

「1人1年金」の原則があるため、選択した1つの年金だけを受給する

公的年金は原則65歳になった時に受給できる「老齢年金」だけでなく、一定の障害状態になった時に受給できる「障害年金」、公的年金の加入者などが死亡した時に、その親族が受給できる「遺族年金」があります。

ただ現在の公的年金は「1人1年金」が原則になっているため、複数の年金の受給権を取得した場合は、一部の例外を除いて、選択した1つの年金だけを受給し、他の年金は支給停止にするのです。

これは「併給調整」と呼ばれているものであり、こういったケースであえて年金を支給停止にすることは、富裕層以外の方でも経験するかもしれません

年金の選択においては、税金や収入なども考慮する

例えば夫を亡くして「遺族厚生年金」を受給していた妻が60歳になり、自らが納付した保険料による「特別支給の老齢厚生年金」を、受給できる場合があります。

こういったケースにおいては、上記のように「1人1年金」の原則があるため、65歳になるまでは選択した1つの年金だけを受給し、他の年金は支給停止にするのです。

もちろん年金額の多い方を受給し、少ない方を支給停止にした方が良いのですが、税金や収入なども考慮する必要があります

例えば遺族厚生年金は非課税ですが、特別支給の老齢厚生年金は所得税や住民税が課税される場合があります

また厚生年金保険に加入しながら働いている方の、給与と年金の合計が一定額を超えてしまうと、「在職老齢年金」の仕組みにより、特別支給の老齢厚生年金の全部または一部が、支給停止になる場合があります

しかし遺族厚生年金を選択した場合には、給与と年金の合計がいくらであっても、遺族厚生年金は支給停止になりません

このような仕組みを十分に理解し、自分が損をしない選択をしたいところです。(執筆者:木村 公司)