取り崩しにも計画性が必要だ

取り崩しにも計画性が必要だ

世の中の高齢化の進展につれて、高齢者の資産運用に関心が集まってきた。もともと傾向として高齢者こそがお金持ちであるし、「人生100年時代」という金融業界にとって好都合な言葉が流布している。

「どうしたら最晩年まで、お金が保つのか」

が大きなテーマの1つだ。

そこで、高齢期の資産の取り崩し方が問題になる事は分かる。

しかし、関連する議論を見ていると、2つの点で危うさを感じる。

1. 運用益をアテにする取り崩し法は危うい

第1に、運用資産の取り崩し方を考える際に一定のプラスの利回りを前提とする資産取り崩し法は危うい

例えば、「運用によるリターンが年率3%位あることを前提として、資産の4%を取り崩す」というような方法だ。

金融分野の研究者が書いたレポートにも、一定のリスクを条件に織り込みながら

「リターンx%、取り崩し比率y%」

のような形で前提条件を変えて、資産が枯渇する確率をモンテカルロ・シミュレーションするようなものがある。

その計算にはご苦労様と言いたいが、残念ながら問題設定のポイントがずれている

はっきり言って、長期的な期待リターンをある程度の確度を以て予想出来るという前提に無理がある

世界の情勢は変わりうるし、経済の構造も変化するし、マーケットはもっと移り気だ。

「3%くらいのリターンなら何とかなるだろう」というあやふやな前提に晩年の人生を賭けてはいけない。

しかも、現在、日本の金利は長短共に概ねゼロなのだ。

「3%でも、いや2%でも、安全な想定とは言えない。」

日本の金利は長短共に概ねゼロ

定率で取り崩すなら大丈夫なのではないかという考えの背景には

米国などで「バランス運用した場合に運用のリターンを4%くらいは見込めるので、資産の4%くらいを取り崩すなら資産は枯渇しない」といった方法を推奨する書籍や論者があって、「これは具合がいい!」という印象を持った人が多いからだろうか。

或いは、完全積立方式の企業年金のような運用資金が、一定の想定運用利回りを「予定利率」として制度設計していることが影響しているかも知れない。

筆者にも覚えがあるが、プロの運用の世界では顧客である年金基金がうるさい年金運用の世界が物事の判断基準になりやすい

だから、プラスの運用利回りがあることを計算に入れることを不自然だと思わないのかもしれない。

企業年金と個人の資産運用の大きな違い

企業年金は、運用が失敗するなどで積立金が足りなくなった場合に、母体企業がその穴埋めの責任を負ってくれるのに対して、個人の場合は誰も助けてくれないことだ。

老後にお金が足りなくなった個人は、働いて稼ぐなり、生活を縮めるなりして、自分で問題に対処しなければならない

筆者は、老後(仕事からの引退後)にも、許容出来るリスクの範囲でリスクを取った資産運用を行うのはいいことだと思っている。

将来必要なお金が若い頃よりも明確になる分、老後の方が運用リスクを大きく取ることが出来る場合もあるだろう。

しかし、

将来の運用益をアテにして、現在の支出のための資産取り崩し額を大きくするのは止めた方がいい。

現実に運用が上手く行って資産の時価が膨らんだら、これをその都度前提条件として、今後の資産取り崩し額の計画を修正していくのが、分かりやすいし、且つ十分に保守的で健全な方法だろう。

2. 「取り崩しニーズ」での多分配型ファンドの復活を許すな

高齢者には資産を計画的に取り崩すニーズがある。

ここまでは、事実だ。

しかし、このニーズに対応するために、毎月分配型や、公的年金が支給されない奇数月に分配する投資信託を保有するのは明らかに止める方がいい

はっきり言って何れの商品も手数料が高すぎる

また、大きめの分配金を支払うために一般投資家には訳の分からないリスクを取っている場合が多い。

仮に2,000万円の投信を持っていて、このファンドが年間4%程度の分配金を出しており、信託報酬が年率1.5%だとしよう。

分配金は年間80万円で、税引き後には約64万円だ。

毎月、5万円少々の現金を受け取る事が出来る訳だが、支払っている信託報酬は年間30万円にも及ぶ

「自分で自分に小遣いを払うために、ATM手数料を1回に2万5,000円も支払うような馬鹿馬鹿しさ」

だと筆者は思う。

高い手数料が馬鹿馬鹿しい

この種のファンドの運用には殆ど価値を感じない

森信親長官時代の金融庁は、毎月分配型投信をかなり手厳しく批判した。

このため、金融業界はこの種のファンドを売りにくいムードになった。

しかし、高齢者顧客相手であれば、売りやすい(騙しやすい!)商品であることは間違いない

森長官の交代を機にということもあるのか、金融機関や投信業界、投信業界にぶら下がる業者・FPなどが、毎月分配型投信の復権を狙っている

その理由に挙げようとしているのが「高齢者には資産取り崩しのニーズがある」というお題目だ。

「批判されていた他分配型投信だが、資産の取り崩しに対応する一定のニーズがあることは認められるようになってきたのではないか」などと書いて様子を見ようとしている腹黒い論者も居る。

確かに資産の取り崩しにはニーズがあるが、これに対応するために毎月分配型などの多分配型の投信を利用するのは明白に不適当だ。

仕事をリタイアした後に資産を取り崩す方々には以下のように伝えたい

仕事をリタイアした後に資産を取り崩す方々に伝えたい

(1)長生きに対して余裕を持って(平均余命よりも10年くらいは…)資産を取り崩しましょう。

(2)頻繁に分配がある投資信託は手数料が高いし、リスクが大きいので、老後の資金ニーズには不向きです。

手数料を考えるだけでもったいない!

(3)高齢でも適度なリスクを取って資産を運用するのはいいことですが、将来の運用益をアテにして取り崩し計画を立ててはいけません

(4)運用の損益を反映して、1年に1度くらいの頻度で取り崩し額を見直すといいでしょう。

(5)1年分の資産の取り崩し額を年に1回程度普通預金に移して、計画的に生活費に充てるのが、何と言っても経済的ですし、シンプルで分かりやすい方法です。

金融マンも、人間としての良心があるなら、リタイアしたお客様には上記のように伝えるのがいいのではないか。

お客様のためにならない投信を売っても、幸せな気分になることはできないだろうし、長期的に見てビジネスにとっていいとも思えない。(執筆者:山崎 元)