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厚生労働省の不正が各種保険給付に影響
賃金や労働時間に関する統計のひとつである「毎月勤労統計」を作成する際の調査において、厚生労働省が2004年頃から不正をしていたことが、大きな話題になりました。
最近は少し沈静化している印象がありますが、まだ無関心になってはいけないと思います。
その理由として、雇用保険や労災保険、船員保険の保険給付にダイレクトにかかわっているからです。
例えば、基本手当(失業手当)の金額は毎月勤労統計をもとにして決められるため、調査の不正により保険給付が過小支給になっている方が、かなり存在しています。
厚生労働省の発表によると、過小支給の可能性がある方は約2,000万人、総額は約5,300億円に達するそうです。
この過小支給がきちんと解決されるまでは、関心を持っておいた方がよいでしょう。
国民の実感を表している「実質賃金」
この統計調査の不正問題を取り上げたニュースによく登場していた、「名目賃金」と「実質賃金」という二つの用語にも、注目しておく必要があります。
・ 実質賃金:名目賃金から物価の変動による影響を差し引いたもの
なぜ物価の変動による影響を差し引く必要があるのかというと、たとえ賃金が10%上がっても、物価が20%上がっていたら、購入できるモノが減ってしまうからです。
野党は、「アベノミクスにより名目賃金は上がったけれども、実質賃金は下がっている。だから国民は景気回復を実感できない」と与党を批判していました。
また、ある評論家の方は、実質賃金が下がっているのを隠すために、統計調査の不正をしたと推測していました。
これらが正しいのかはわかりませんが、野党が主張するように、名目賃金より実質賃金の方が、国民の実感を表しているという点は、間違いないと思うのです。
公的年金も実質的な価値が下がっている
公的年金(老齢年金、障害年金、遺族年金)は原則として、賃金や物価の変動率により、新年度が始まる4月から金額を改定します。
2019年度に支給される公的年金は、賃金や物価が上昇したため、前年度より0.1%の増額でした。
増額になって良かったのですが、年金額の改定に使われる賃金の変動率は0.6%、物価の変動率は1.0%だったため、これくらい年金額が増えてもおかしくはないのです。
それにもかかわらず0.1%の増額にとどまったのは、賃金や物価の変動率から、現役人口の減少や平均余命の伸びをもとに算出した「スライド調整率」を控除する、マクロ経済スライドが発動されたからです。
そこから2018年度に控除できなかった0.3%のスライド調整率と、2019年度のスライド調整率である0.2%を控除するため、「0.6%-(0.3%+0.2%)」となり、0.1%の増額にとどまったのです。
年金についても2019年度の計算結果を見ると、名目では上がったけれども、実質は下がっていると評価できそうです。
しかもマクロ経済スライドは、年金財政の均衡が保たれるまで発動されますから、当面は年金の実質的な価値が下がるという状況が、続いていくのかもしれません。
日銀の金融政策によって預貯金の価値も低下
日銀は2%の物価上昇を達成するため、2013年4月の金融政策決定会合において、「量的・質的金融緩和」の導入を決定しました。
それから多少の政策変更はありましたが、導入から約6年が経った現在でも、量的・質的金融緩和を継続しています。
賃金や年金の実質的な価値が下がっている理由のひとつは、2%の物価上昇を重視する、この日銀の金融政策と考えられるのです。
また日銀の思惑通りに毎年2%ずつ、物価が上昇していった場合、預貯金口座に預けられたお金の価値は、毎年2%ずつ下がっていきます。
つまり預貯金口座の中のお金を、まったく使わなかったとしても、毎年2%ずつ減っていくのです。
ただ実際の物価の上昇率は、上記のように1%程度にとどまっており、またわずかながらも金利が付いているため、もう少し緩やかに減っていると思います。
いずれにしろ「預貯金の金利<物価の上昇率」という、現在のような状況が続くかぎり、預貯金の実質的な価値は下がっていくのです。
NISAやiDeCoを通じた投資信託購入は対策の一つ
このように賃金、年金、預貯金の実質的な価値が下がっているのですから、景気回復を実感するのは難しいと思います。
ただこの3つの中で「預貯金」だけは、個人の努力で実質的な価値が下がるのを防止できます。
それは例えば、NISAやiDeCo(個人型の確定拠出年金)を通じて、株式が組み入れられた投資信託を購入することです。
この理由として株式は、物価の上昇に合わせて値上がりする傾向があるため、株式が組み入れられた投資信託は、預貯金の実質的な価値の低下を補ってくれるからです。
また、利益に対して課税されないNISAやiDeCoを活用すると、手元に残すお金を多くすることができ、これが預貯金の実質的な価値の低下を補ってくれます。
そうはいっても投資に対して、抵抗を感じる方がいるかもしれませんが、現在の物価の上昇率を上回るくらいの利回りであれば、高いリスクを取らなくても達成できるはずです。(執筆者:社会保険労務士 木村 公司)