老後資金として2,000万円必要だという試算を出した金融庁の報告書が、年金制度への不信感を増幅させたとして、参院選を控えた政界が揺れています。
反感を買っている理由の1つにこの2,000万円を自助努力・自己責任で形成しようという部分もありますが、政府のやるべきこととして、資産形成に対する税制優遇を丁寧に説明することがあってもいいと思います。
そして税制優遇をもう1段階進める動きが、政府内で(正確には有識者が集まる諮問機関で)進められていますが、報道しているマスコミはわずかです。

目次
金融庁が本来推進したかった私的年金
2,000万円「貯蓄」という取り上げ方もよくされますが、金融庁側としては資金準備の手段としては貯蓄というよりは資産運用(長期積立分散投資)でやってほしいという狙いがあり、特につみたてNISAやiDeCoのような非課税投資を前面においています。
ちなみにiDeCoのほうですが、将来の給付を受ける権利(掛金で投資した分)については差押禁止のため、貯蓄とはかなり異なる性格であるとご理解ください。
NISAは、通常約20%の所得税・住民税がかかる運用益に対して非課税の特典があります。
iDeCoは将来受け取る段階では公的年金と同様に課税されますが、運用益非課税なうえに、拠出した分だけ所得を引き下げます。
所得税が累進課税のためiDeCoの節税幅は所得状況により異なりますが、所得税・住民税の税率があわせて約30%のケースでは、年間24万円掛金を拠出すると7.2万円程度の税額軽減となります。
私的年金・非課税投資に新たな制度のきざしも
つみたてNISAやiDeCoがようやく知られてきたところですが、iDeCoの掛金上限額が職業や公的年金の加入形態により異なるため、働き方によらない非課税投資・私的年金制度を模索して財務省や政府税調などで議論が進められました。
金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書 「高齢社会における資産形成・管理」P30~P31にも、下記のような記述があります。
そうした普及に向けた取組みと並行して、つみたて NISA、iDeCo ともに、利用者の声を聞きながら、制度そのものの改善にも努めていくべきである。
つみたて NISA については、まずもって国民が長期のライフプランに沿った資産形成に安心して活用できるよう、時限を撤廃し、恒久的な措置とすることが強く望まれる。
(中略)
iDeCo についても、長寿化を踏まえ、拠出可能年齢の上限を引き上げることのほか、利便性向上や働き方の多様化等への対応、また、更なる税優遇を行うことの政策的必要性を勘案して、拠出限度額のあり方についても検討することも望ましい。 金融庁
2019年の10連休頃には、政府税調委員による海外調査(北米と欧州の2カ所)が行われました。
アメリカのIRAなどを参考に改正方向
どういうふうに変わるかについては、アメリカのIRAなど海外の制度を参考に、iDeCoに対してたとえば下記のような改正が考えられます(あくまでも2019年以前からの議事に基づいた想像ですが)。
(例えば月6.8万円)
・ 掛金拠出額が年間上限に届かなかった場合は、翌年以降3年程度繰り越せるようにする
(年間上限が80万円で実際の拠出が70万円であれば、10万円を繰越)
・ 低所得者が拠出した場合には、補助金を出す
・ 受け取った際の優遇(公的年金等控除額・退職所得控除額)は縮小する
今後の新制度の方向性
政府税調海外調査の結果は、2019年6月10日に老後資産形成に関する専門家会合で報告され、日経新聞やNHK政治マガジンなどごく少数のメディアで報道されました。
しかし報告書は、政府税調のWebサイトを見ても公開されていません。
これは異例のことで、現に2年前の2017年大型連休中に行われた海外調査の報告(記入済申告・IT活用による申告利便性向上に関するもの)は翌月6月中に政府税調総会で行われており、詳細な報告書も公開されています。
政府税制調査会2017年6月19日開催分(海外調査に関する膨大な報告書)

同2019年6月10日開催分(海外調査に関する報告書は公開されず)

委員の任期切れとなる9月までには政府税調総会に報告されるため、公的年金の財政検証と同様に、参院選後であるその頃には調査結果や議論の内容は明らかにされるはずです。
海外調査が生かせるか
ちなみに2017年の海外調査をふまえた形で、マイナンバー制度に基づく納税者の利便性向上として、電子申告における簡素化を充実させる方向にいっております。
しかし、高齢の年金受給者などに役立つ書面記入済申告書の導入には行きませんでした。
海外調査に基づいた政府税調における私的年金・非課税投資の議論が、老後不安をかかえた国民に役に立つ制度につながってほしいものです。
当面下火になりそうな私的年金の議論
もっとも政府税調はあくまでもあるべき税制の姿を議論する場であるため、新たな非課税投資の枠組みが正式に決まるわけではありません。
厚労省が2019年秋に向けて私的年金改正案をまとめる構想があったとの報道もあります。
うまくいけば、年末の自民党税制調査会で税制改正の枠組みがほぼ正式に決まるという道筋も考えられました。
2019年4月にはFP数百名が参加した私的年金・非課税投資の勉強会もあり、厚労省・金融庁の方や、報告書に名を連ねている委員のお一人が講演していました。
この勉強会を通じて、新たな枠組みを構築しようという機運も感じました(この時の資料には、月5.5万円の赤字を試算した厚労省の資料や、1,500~3,000万円の資産形成が必要だと試算した金融庁の資料も含まれています)。
新制度が仮にNIRAという愛称とすれば、金融庁もしくは厚労省は
という呼びかけを考えていたでしょうが、政府税調の議論が非公開の方向に動いているところから見ても、2019年の制度改正決定は厳しいように思います。
参院選前に思わぬ方向に行き、数年間は議論が消沈しそうなのは残念なところです。(執筆者:AFP、2級FP技能士 石谷 彰彦)