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【居住用物件】明渡請求が棄却された事例と、立退料の算出法について説明します

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【居住用物件】明渡請求が棄却された事例と、立退料の算出法について説明します

賃貸人の求める立ち退きは裁判上常に認められるわけではなく、正当事由が必要なことを前回お伝えしました。

居住用物件について賃貸人からの明け渡し請求が棄却された事例を以下紹介します。

明け渡し請求が棄却された事例

明渡請求が棄却された事例


平成27年2月5日東京地裁判決

東京都北区の築後79年が経過した木造建物で、賃借人は、昭和61年頃から居住しており、賃料月額は3万4000円でした。

賃貸人(大家さんなど)は不動産会社で、前所有者から売買で建物所有権を取得して2か月余りで解約申入れをしましたが、裁判所はこの経過について、このような所有権の取得(賃貸人の地位の承継)から本件解約申入れまでの期間の短さからは、

「原告は被告を退去させることを念頭において本件建物の所有権を取得したものとみるほかなく、本件解約申入れについては、本件建物に長年居住し、生活の基盤としてきた被告の居住の利益に対する配慮が欠けているといわざるを得ない。」

と述べました。

建物は、外観が古びてはいるものの、躯体部分(建築構造を支える骨組みにあたる部分)を含めた本件建物の内部が朽廃している事実や、地震により本件建物が倒壊する現実的な危険があるとの事実を認めるに足りる証拠はないとされました。

賃借人の建物使用の必要性が大きいのに対し、老朽化による本件建物の取壊しの必要性や賃貸人の自己使用の必要性があるとは認められず、本件解約申入れがされた経緯等も踏まえると賃貸人が正当事由を補完する事由として立退料204万円の提供の申出等をしていること等を勘案しても、解約申入れについて、正当事由があるとは認められないと判断されました。


令和元年12月12日東京地裁判決

東京都杉並区所在の築後60年近い木造建物で、賃借人の1人は昭和37年以来、50年以上亡夫ともに居住していた80代の女性で、肺気腫等多数の疾病を抱え、医師から風邪でも生命に関わる事態になると注意喚起される健康状態でした。

賃料月額は9万2000円でしたが、夫の存命中から600万円以上の多額の費用をかけて増改築を行っていた経緯があります。

裁判所は、賃借人につき、


「持ち家同様の管理を伴う長期間の居住を許容されてきたことを踏まえると、…長年住み慣れた本件建物で居住を継続する利益は、単なる主観的な希望にとどまるものとは言い難い。」

「既に平均寿命に相応する老齢にあることをも考慮すると、長年住み慣れた本件建物からの転居が生命・身体に関わる事態を引き起こすのではないかという懸念には、社会通念上客観的にみて合理的な根拠がある」


と述べ、極めて高い自己使用の必要性を認めました。

建物も現在直ちに建替えや大規模補修をしなければ居住に適さないほど危険とはいえない状態として、賃貸人は裁判終盤に立退料として840万円又はこれと格段相異のない範囲において裁判所が認定する相当額の金員を提供する旨述べましたが、正当事由があると認めるのは困難と判断されました。


平成29年5月29日東京地裁判決

東京都港区所在の築20年未満の木造建物で、賃借人の居住期間は10年未満、賃料月額は23万円強でした。

賃貸人は、前所有者から当面は賃料収入を得る目的で本物件を購入しましたが、約3年半後に解約申し入れを行い、現在住む住居は手狭で本物件の方が便利であり、本物件に住み現在の住居を賃貸することで増収が見込まれること、本物件にはシロアリによる劣化があること等を主張しました。

裁判所は、賃借人はかねてより本物件に居住しており、他に所有、賃借する居住用不動産もないことから一定程度の自己使用の必要性があること、建物はシロアリにより一定程度腐食、劣化しているが、築20年未満であり、解約して修繕しなければならないほどの程度に達していると認める証拠はないと認めました。

裁判内で、賃貸人より、賃料の4か月分の立退料を支払う旨申し出がありましたが、その倍の8か月分の立退料が支払われるとしてもなお正当事由を認めることはできないと判断されました。


明け渡しが認められる場合の立退料

裁判で用いられる方法

立退料は、借地借家法の求める正当事由が完全ではないが一定の割合までは認められるというケースにおいて、賃借人の不利益を経済的観点から軽減し、正当事由の不足分を補完・補強して正当事由を肯定するための要因です。

明け渡しを求める理由がそれのみで正当事由を具備するに近いものであれば申出額は相対的に低額でよく、逆の場合には高額となります。

交通事故の損害賠償問題のように一定の計算基準が存在しないため、裁判になった際に認められる立退料を事前に正確に算出することは困難です。

計算方法がないわけではなく、居住用物件について裁判所が立退料と引き換えに明け渡しを認める場合、一般的には、移転のための実費及び、移転によって生じる損失が基準として算出されます。

移転のための実費には、家財道具等を搬出して新しい物件に移動させる引越費用や新しい物件を借りる際の仲介手数料、礼金が挙げられます。

移転によって生じる損失とは、周辺の同等物件を借りるにあたって賃料が現在より値上がりする場合の一定期間における賃料差額です。

賃貸借契約が長期間続いて近隣物件より安い家賃で借りている場合、この賃料差額が立退料の大きな割合を占めることとなります。

居住用物件での差額家賃については、「2年程度」(東京地裁平成28年12月22日)「1 ~ 2年程度」(東京地裁平成19年8月29日)と、概ね2年までの期間が認められています。


家賃の何か月分?

立退料について、家賃の何か月分かが相場であると言われることもありますが、裁判で、明確に家賃の何か月分が立退料であるという基準が示されているわけではありません

家賃を基準として「6か月分(102万円)」「2年程度分(200万円)」「1年分(42万円)」など判断した裁判例はあることはありますが、これらからもわかるように採用される期間は明確ではありません。

むしろ、居住用物件では、現在の家賃が周辺同等物件よりも低い場合、移転によって生じる損失の賃料差額が多くなるため立退料は比較的高額となり、現在の家賃が周辺の同等物件と同程度の場合は賃料差額が少なくなる分低額にとどまりがちといえます。

立ち退きの問題は、裁判まで進まず、当事者同士が交渉にて解決に至る事例も比較的多く、その中で家賃を基準にすることもわかりやすい指標とされるのかもしれませんが、裁判実務上根拠があるわけではありません

なお、上で紹介した裁判例のうち、平成29年5月29日東京地裁判決は、賃料を基準とした立退料額を正当事由の判断としていますが、これは賃貸人がそのような計算での申し出をしたことによるものと考えられます。

結論としては正当事由は認められておらず、賃料の何か月分以上であれば正当事由が認められるということを判断した裁判例と位置づけることはできません。


裁判所の判断した立退料一覧

裁判所の判断した立退料一覧


裁判事例による認められた立退料

平成16年以降で、居住用物件につき正当事由があるとして明け渡しが認められた39の裁判事例によると、認められた立退料は以下のような結果でした。

公表されている裁判事例全ての網羅的な分析ではありませんが一定の傾向を読み取ることができます。

1件の裁判で複数の被告が存在し、被告ごとに立退料の判断がなされた事例があるため裁判例の数と事例の合計数は異なります。

  • 立退料なしで正当事由を認めた無条件肯定例:4件
  • 100万円未満:10件
  • 100万円以上200万円未満:9件
  • 200万円以上300万円未満:12件(うち6件が200万円)
  • 300万円以上500万円未満:4件
  • 500万円以上:4件(500万円2件、850万円1件、900万円1件)


無条件肯定例のポイント

築後100年以上経過した木造建築で、傾斜し、屋根瓦が落下するおそれが生ずる状態で、耐震診断での耐震性能評価総合評点も0.06の事案(0.7未満で倒壊または大破壊の危険)(平成17年7月15日東京地裁判決)は、賃借人が居住用のみならず青果店としても使用していましたが、老朽化著しいことから無条件で正当事由が肯定されています。

賃借人側にも問題があったと見受けられる事案でも無条件肯定がされています。

かつては居住していたが、現在は転居し、居住していない賃借人に対して、「建物の使用を目的として本件建物についての賃借権の主張がされているというよりも、…多額の立退料を要求するなど立退料を取得することを主たる目的として、その主張がされている」と認定された事例(平成17年2月3日東京地判判決)。

「退去を求められながら、これを引き延ばすために、正当な交渉にも応じず、不合理な行為を繰り返していると言わざるを得ないものであり、これは賃貸人たる原告に対する信頼を賃借人である被告自ら裏切るものであるというほかはない」

と、担当書記官に根拠なき行為を多々要求したり、正当な理由なく担当裁判官、書記官に対して交代を求める(民事訴訟法上の「忌避」)など訴訟進行に対して不合理な抵抗を続けた事例(平成28年9月6日東京地裁判決)です。

高額事例のポイント

300万円、500万円が認められた事例には、賃貸人が裁判で立退料として申し出た金額を裁判所がそのまま認めたものもあります。

賃借人が立ち退きを拒み交渉が決裂しているという経緯を知ったうえで賃貸人が前所有者から物件を購入して明け渡しの裁判を起こした事例(500万円が認められた平成22年2月24日東京地裁判決)、

賃貸借契約の解約の実現に困難が伴うことを認識しながら1億円強の土地の時価より4,000万円も低い価格で前所有者から賃貸人が物件を取得した事例(900万円が認められた平成22年3月25日東京地裁判決)など、

賃貸人が事前に立ち退きの実現が困難な経緯を承知した上で賃貸借関係に入ったような経緯のある事案では比較的高額の立ち退き料が認められています。


住人同士でも分かれる判断

平成20年4月23日東京地裁判決は、同じ建物の複数の住人を相手に起こされた明渡裁判の事例です。

850万円が認定された住人がいた一方、立退料なしでの無条件の正当事由肯定とされた住人もおり、同じ共同住宅の賃借人同士で差が出ています。

本事例の建物は、千代田区飯田橋という都心一等地にある昭和4年頃築造された築約80年の木造3階建ての共同住宅です。

裁判所は、建物の現況を、


「建物に傾きが認められるなど、建物の基礎及び躯体に、補強工事などでは対応できない相当の経年劣化が認められ、耐震及び防火上、危険な建物であるということができ、本件建物を取り壊して新たに建物を建築することが防災上の観点から必要である」

「遅くとも数年後には朽廃に至り、取り壊しを免れない状況に達することが予想される」


と認定しました。

賃貸人側の必要性についても、

「賃料は近隣地域における賃料相場の約23分の1であり、著しく低廉といわざるを得ず、現況において、本件建物が不動産の有効利用を阻害していることは否めないのであり、本件建物を取り壊した上、新建物を有効利用することが、社会経済的に有益であるというのが相当」

と判断しました。

立退料なしでの無条件での明け渡し判断が出された住人は、本件建物以外に住居を有しており、残業の際に寝泊まりをする程度の利用しかしていませんでした。

そのため、「建物使用の必要性は著しく低い」と裁判所に認定され、立退料なくして賃貸人の解約申入れには正当事由が充足されるという判断となりました。

他方、最高額850万円の判断が出た住人は、昭和40年から夫婦で長年居住し続けていることや、約70歳という年齢、収入も年金やシルバー人材センターの斡旋程度で、本件建物の明け渡しによって生活の基盤を失いかねないと判断されました。

周辺の標準賃料28万円近くに対し、現行賃料は1万円強だったことから、差額家賃2年分だけで約640万円と計算されています(なお本事例では、移転実費や損失額合計だけではなく、更地価格や借地権割合、借家権割合を用いて借家権価格を約940万円とした上で、移転実費や損失額合計の約750万円と平均をとり立退料が算出されています)。

賃借人保護と限界

これら裁判事例から、賃借人は借地借家法で手厚く保護されますが、限界もあることがわかります。

裁判所も、賃貸人の大きな経済的な犠牲の上に成り立つ、社会経済上相当ではない状態の老朽化した建物に低廉な賃料で住み続けたいという賃借人の要望を常にかなえることや、移転に伴い発生する差額賃料相当額を生涯認めることはできません。

上で紹介した平成20年4月23日東京地裁判決も、建物を使用する必要性が高い賃借人についても、

「(現在の千代田区飯田橋のような)いわゆる都心の一等地を望まなければ、…立退料により、生活の基盤を新たにすることも不可能ではない。」

と判示しています。

次回は、時には億を超える立退料が認定されることもある事業用物件についての事例を解説します。(執筆者:古賀 麻里子)

《古賀 麻里子》
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執筆者:弁護士 古賀 麻里子 古賀 麻里子

東京弁護士会所属。2010年弁護士登録。2019年から東京都品川区にて古賀法律事務所を開業し、中小企業法務、不動産問題、交通事故等の賠償問題を多く扱う。マネーに関わる興味深い裁判例や法律をわかりやすく発信。 <保有資格>弁護士 寄稿者にメッセージを送る

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