老齢基礎年金(国民年金)は、原則として65歳から支給が開始されます。
しかし、本人の希望により、5年を限度に受給開始を前倒し(繰上げ)したり、先延ばし(繰下げ)したりできます。
繰り上げる場合には、年金が減額される以外にさまざまなデメリットがありますが、今回は、障害年金を受給できなくなってしまった人のお話です。
目次
銀行で教えてもらい「繰上げ請求」

とある地方都市に住むY子さん。
短大卒業後は家事手伝いをして過ごし、23歳で自営業の夫と結婚した後は、夫の事業の経理を受け持っています。
明るくて社交的なY子さんは、取引銀行の行員さんたちとも仲良し。
銀行がすいているときは、いつも楽しくおしゃべりしています。
Y子さんがもうすぐ還暦を迎える、という話をしたときに、行員さんがこんな話をしてくれました。
65歳からもらうより、だいぶ減らされるけどね」
Y子さんは国民年金しか加入したことがなく、65歳にならないと受給できないものと思っていたので、いいことを教えてもらった、と喜びました。
Y子さんには糖尿病の持病があります。
「どうせ私は長生きしないし、せっかく掛けた年金を大してもらわないうちに死んじゃったらもったいないから、早いところ、もらっちゃおう」
ということで、繰上げ請求をしました。
持病が悪化して人工透析が必要に
年金を受給するようになって、自由になるお金が増えたY子さん。
お友だちと旅行や観劇などに出かけ、グルメを楽しむこともありました。
そうしているうちに持病の糖尿病が悪化していき、「糖尿病性腎症」という合併症を起こし、63歳になる頃には慢性腎不全で人工透析が必要となりました。
同年代のお友だちが障害年金を受給していると聞いて
どんな環境でも人懐こいY子さんは、透析クリニックでもお友だちができました。
Y子さんと同年代のお友だち「M代さん」もやはり糖尿病性腎症が進行した人で、1年前から透析を受けていて、2級の障害基礎年金を受給しているそうです。
それを聞いたY子さんは、「自分もM代さんと同じような状態だから障害年金をもらえるかもしれない」と思い、市役所の国民年金課へ相談に行きました。
ところが、
と言われてしまいました。
事後重症請求

Y子さんのように、障害認定日(障害の元となった病気の初診日から、原則として1年6か月後)には状態が軽かったものが後に重症化し、障害年金の等級に該当する状態になったときは、65歳に達する前日(65歳の誕生日の2日前)までなら請求できます。
これを「事後重症請求」といいます。
しかし、本来は65歳から支給される老齢基礎年金を繰り上げて受給すると、年金制度上は65歳に達したものとみなされるため、障害年金の事後重症請求はできません。
透析クリニックのお友だちM代さんは、老齢基礎年金を繰上げ受給していなかったため、障害基礎年金を受給できたのです。
(「障害認定日」で請求するときは、老齢基礎年金の繰上げ受給後でも障害年金を請求できる場合があります。)
65歳になる前でも、老齢基礎年金の満額と同じ年金が受け取れるはずだった
障害等級2級に該当する人の障害基礎年金は、年齢や加入期間に関係なく老齢基礎年金の満額と同じです(保険料納付要件を満たしていることが前提)。
【障害年金の種類と年金額 (平成30年度価格)】

そして、加算対象となる子がいると、「子の加算」があります。
【子の加算額 (平成30年度価格)】

もし、障害の原因となった傷病の初診日に厚生年金に加入していたら、報酬比例の障害厚生年金も受給できます。
その報酬比例の年金は、加入期間が短かった人も300か月(25年)加入したものとして計算されます。
そして2級以上の障害厚生年金を受給する人に生計を維持されている65歳未満の配偶者がいると、「加給年金(家族手当のようなもの)」が上乗せされます。
【配偶者の加給年金額 (平成30年度価格)】

60歳以降、老齢厚生年金の支給開始年齢になる前に繰上げ請求するとき
老齢基礎年金も同時に繰り上げて請求することとなり、障害年金の請求に影響を及ぼします。
Y子さんの場合は国民年金だけで、子どもはすでに独立しているので、老齢基礎年金の満額と同額の障害基礎年金を、65歳になる前に、人工透析を受けるようになって年金を請求した翌月分から受給できるはずでした。
しかし、60歳の誕生月に繰上げ請求したため30%減額(-0.5%×60か月)された老齢基礎年金を受給しており、満額に対するこの減額率は生涯変わることがありません。
【参考:Y子さんが受給する、30%減額された老齢基礎年金 (平成30年度価格)】
54万5,510円
繰上げの選択は慎重に

透析クリニックに週3回通い、1回に4時間以上かかる血液透析治療。
医療費の自己負担については、高額療養費制度により月額1万円の定額となっています。
また、身体障害者手帳を所持することによりさまざまな助成制度を受けることができ、医療費についてはあまり問題がないかもしれません。
しかし、Y子さんができない分の家事代行を頼んだり、厳しい食事制限があるため夫と別々に料理を用意したり、意外と生活費がかかるものです。
さらに、Y子さんは、仕事ができなくなったのも痛手でした。
代わりに経理事務を手伝ってくれるパートさんを雇わなければならなくなったからです。
人を雇う立場ではなくても、仕事ができなくなることは、収入が途絶えることを意味します。
そうなると、自分で選択したとはいえ、年金が減額されていることが悔しくなってきます。
生存期間で考える「損得」より、年金が必要となった時にもらえる金額が大事
年金の繰上げ・繰下げと原則どおり受給した場合の損得を比較するとき、受給総額で計算することが多いと思います。
しかし、余命が分からない限りは、事前に比較のしようもないのではないでしょうか。
という考え方もあります。
障害年金への影響以外にも、老齢基礎年金の繰上げ受給にはいろいろなデメリットがあります。
選択は慎重にお願いいたします。(執筆者:服部 明美)