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「100年安心」年金プラン~収支相等?
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「
100年安心…」
2004年小泉内閣のときに、坂口力厚生労働大臣(公明党)のもとで行われた年金改革の名称というかキャッチフレーズのようなものです。
当時、長期的な時間軸を視野に入れて年金財政を考えることが重要ということから、おおむね100年間を対象期間として、年金財政を推計していることに由来しています。
2004年に行われた推計では2005年度から2100年度まで、2009年に行われた推計では2010年度から2105年度までの、いずれも96年間が対象期間となっています。
厚生労働省自身は、この96年間において「収支相等」であると説明しています。
年金用語である「収支相等」は生命保険でも使われる用語で、生命保険では、集めた保険料(収入)と支払った保険金(支出)が等しくなることが基本となっていて、これを「収支相等の原則」といい、計算式では
となります。
つまり「100年安心年金プラン」では、推計の対象期間において「収支の帳尻が合う」ことを「収支相等」と表現し、年金保険料と年金支給額が帳尻が合うように年金制度を設計したと表現したと、当時の政府は説明していました。
「収支相等」とした年金改正の柱は3つ
2004年の年金改正の柱は、次の3つにありました。
・保険料率を毎年度段階的に引き上げ2017年度以降固定する
・マクロ経済スライドを導入し、給付水準の段階的抑制を図る
・基礎年金拠出金に対する国庫負担割合を3分の1から2009年度までに2分の1へ引き上げる
このことにより、「収支相等」としたとしています。
つまり
により「収支相等」としたわけです。
当時、某IT企業労働組合の依頼により、この「100年安心年金制度」の解説記事として12回に分けたコラムとして提供しました。
そのコラムを紐解いてみますと、当時の話題は
・ 第3号被保険者の特例措置
・ 育児休業中の保険料免除
そして
・ 離婚時の年金分割
でした。
それぞれの解説は省略しますが、当時コラムで、「100年安心」制度設計の前提となるデータの取り方に問題があることを指摘しています。
その内容を今あらためて引き出してみます。
その時に指摘していた疑問点「合計特殊出生率と名目賃金上昇率」
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いくつもの問題を指摘していますが、まずは「収支相等」を計算する上で重要な「特殊出生率」の数字に問題があることを指摘しています。
小泉政権下で行われた「100年安心」年金制度設計に使われた合計特殊出生率は「1.32人」です。これは2002年発表数字になります。
合計特殊出生率とは、ひとりの女性が生涯に産む子どもの数のことで、この数値が低いと少子化が加速することになります。
理論上、合計特殊出生率が「2人」であれば人口は横ばいを示し、これを上回れば自然増、下回れば自然減になるとされています。
もろもろの条件もあり、医療技術や栄養状態が相対的に良好な現代先進国において、自然増と自然減との境目はおよそ「2.07人」とされています。
当時のコラムでは、東京都の合計特殊出生率が「1人」を割り込んで「0.9987人」となったことをトピックスと紹介しています。
いまは「1.21人」となっています。
「特殊出生率」が戦後最低をさらに下回ったのが問題だった
問題は、「100年安心」の年金制度改正案が衆議院を通過した後に、厚生労働省が、2003年の合計特殊出生率を、戦後最低だった2002年の1.32人を下回る1.29人となっていたことを発表したことだと指摘しました。
さらに2003年は、生まれた子どもの数は約112万4,000人で約3万人減少し、1899年に統計を取り始めて以来最低、年金改革法が前提とする予測を下回っていたということです。
これらは「100年安心」年金制度改正法案が衆院通過後の発表です。
このことに関し厚生労働省は「一時的な現象。年金制度を今すぐ見直す必要はない」としていました。
さらに、当時コラムで、「収支相等」の収入の部分に当たる保険料計算において、名目賃金上昇率を今後長期的に年2.1%(内訳は物価上昇率1%、実質賃金上昇率1.1%)と想定している点を指摘しました。
当時、デフレ経済と呼ばれる環境下で、長期的にインフレになることが非常に想定しづらい状況ではなかったかと思われます。
「収支相等」で帳尻を合わせるには、年金給付額を見直さない前提に立てば、合計特殊出生率は高いほうがよく、経済状況も好転し賃金は上昇する前提で保険料を上げることが望ましい。
つまりは緒尻合わせの結果を良く見せるために、試算に必要なデータは良いほうがよいのは当然で、それこそ「帳尻合わせ」で作られた「100年安心」プランではないかという指摘でした。
明治32年に統計を取り始めて以降、「合計特殊出生率」は最も少なくなった
ちなみに、先日発表された合計特殊出生率は、前の年をわずかに下回る1.42人でしたが、去年生まれた子どもの数、出生数は91万8,397人と前の年より2万7,000人余り減り、明治32年に統計を取り始めて以降、最も少なくなりました。
2004年「100年安心」プラン作成当時よりも、合計特殊出生率は改善されていますが、実数としての習整数は大きく減少し、賃金上昇率も、当時の想定どおりに毎年続けて右肩上がりに上昇し続けることはなかったということです。
政府が「100年安心」と訴えた以上、今の年金制度では国民の将来を守れないという論理展開はできるわけがありません。
年金制度依存からの脱却意識を、別の角度から説得して持ってもらったほうが良いということで、今回の「2,000万円」の資産形成を呼びかけることになったのではと、「100年安心」年金プランを検証してきた者としては、どうしても穿った見方をしてしまいますね。
当時のコラムには「許せない話」を紹介しています
当時、「許せない話」と題してコラムを書いています。その内容をご紹介します。
私たちの老後のための大切な保険料を、年金給付以外に使っていました。
社会保険庁の事務費、しかも幹部の交際費や公用車台などに年約1,000億円、グリーンピア(リゾートホテル)事業に約3,800億円(赤字経営により回収不能:厚生労働大臣答弁)、年金資産の株式運用の欠損約6兆円、などなど。
すべて新聞や大臣答弁で公表されているものばかりで、ちょっと許し難い問題です。
社会保険庁は、年金の給付システムについて総点検を行った結果、1991年からの支給ミスは過払い、未払いを含め、約8万人、少なくとも380億円に上るとの最終報告を公表しました。
社保庁は支給ミスが発覚した2003年6月以降、支給ミスが判明するごとに、延べ8回にわたり事実を公表しています。
「消えた年金」問題はこの後に出てきます。
「消えた年金」問題は、小泉内閣後に発足した第一次安倍内閣を倒壊に追い込んだ問題でもありました。
これらの「つけ」はどう処理されたのでしょうかね…
その時に指摘していた疑問点「モデル世帯」
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年金受給者を考えるうえで、さらに重要な視点を、当時のコラムで指摘しています。以下、コラムの文章をそのまま載せます。
「年金の給付水準を現役世代の平均収入の50%以上を維持することを約束(現行は59.4%)」(政府談)してくれるそうですが、あくまでも標準世帯での話です。
この「モデル世帯」がくせ者で、「40年厚生年金に加入している夫と無職の妻」がモデルだそうです。
つまり、平均的な賃金で40年間働いたサラリーマンOBの夫と、ずっと専業主婦で1度も会社勤めをしたことのない妻の2人暮らし世帯について試算した金額です。
共稼ぎが増えてきたり、結婚年齢の高齢化が進む昨今において、果たしてこのパターンがモデル世帯なのか、現在において、モデル世帯はどれだけの割合を占めているのでしょうか…?
この「モデル世帯」に関しては、当時も批判がありました。
生涯独身の方は、現役世代平均年収の50%は確保できない状況であることは、当時も大きな話題となっていました。
40年間フルタイムで働く夫と、一度も就職していない専業主婦のモデル世帯以外は、年金支給額は、現役平均年収の50%に満たないということです。
当時から話題となっていた「年金制度維持と税負担」の関係
「100年安心」年金プランの内容は
・ 将来の受給者の受給額の見直し
・ 基礎年金の国庫負担割合の引き上げ
というものです。
この中で「基礎年金の国庫負担割合の引き上げ」は税金の投入を意味し、国民年金給付の財源のうち33%(1/3)を税金で賄っていたのを50%(1/2)にするということでした。
この税負担財源として「増税」という認識に直結させることを避け、当時からも「消費税を含めた税制度抜本的見直し」という表現をしていました。
政府の年金財源確保計画に関して、当時のコラムをそのまま載せます。
まず、年金保険料引き上げ開始の2004年度以降は年金課税の見直しによる増収で賄います。
給与所得者には非課税枠である給与所得控除というものがあります。
年金受給者にも公的年金控除という非課税枠があります。
現行は貰う年金額140万円までは非課税ですが、その額を120万円に引き下げます。
また、年齢が満65歳以上で、かつ合計所得金額が1,000万円以下の人(所得の種類を問わない)には50万円の老年者控除がありましたがこれを廃止します。
次に、2005・2006年度は「定率減税」を見直すことで賄います。
定率減税とは、給与所得者の計算された税額から、定率20%減額されるもので、森内閣当時の政府の不景気対応策の一つとして導入されました(皆様の源泉徴収票の摘要欄にも記載されています)。
これが無くなります。つまり皆様の所得税の優遇措置がなくなり、その分、年金給付の財源となります。
そして、2007年度をめどに消費税を含む税制の抜本改革の実施することで賄います。
まだ消費税アップとは明言しませんが、この時点では小泉首相は任期が切れています。
在任中は消費税率は引き上げないということは、これらを、納税者の立場に置き換えて考えると、「国民(基礎)年金の給付財源への税金投入の財源をまずは、「年金受給者」が負担し、次に、「厚生年金需給者である給与所得者」が負担し、結局は、広く国民が負担する。」という構図になっていました。
個税負担の財源確保解説文章を「翻訳」すると、上記のような構図になることを指摘していました。
この基本姿勢は、今も年金制度を語る上では、きちんと引き継がれています。
ただ今回の消費増税は、「税と社会保証の一体化」理念から大きく外れているようで、その部分は当時の理念とは違っているようです。
金融庁報告書「人生100年時代、2,000万円が不足」
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ここからようやく、先日、麻生財務大臣が述べた「2,000万円資産形成」の呼びかけの話になっていきます。
マスコミでは、この麻生大臣発言と、2004年小泉内閣時の「100年安心」の年金に対するメッセージをつなぎ合わせて、人生100年時代に「100年安心」年金制度設計が役に立たないのかという論調になっているようです。
その背景を理解してもらうために、ここまで当時発表された「100年安心」年金プランを調べたコラムを掘り起こしてきたのです。
「100年安心」のために保険料負担と税負担を容認してもらったのですが、それでも状況が変わったので、制度に頼るだけでなく自分達で老後資金を何とか準備してくださいというメッセージが、今回の金融庁報告につながるような気がしてなりません。
その資産形成のために、70歳まで働けるように企業を説得し、法制度化しますし、副業(+ 複業)もしやすいように法制度を整えます。
非正規雇用の方にも社会保険負担をお願いします。
再チャレンジ、女性活躍、高齢者技術活用等、働いてもらえる人にはどんどん働いてもらう「ニッポン一億総活躍社会」実現を後押しします。
このような流れになっているのでしょうかね。
「人生100年時代」この表現もなにか素直に受け止められない、いろんな思惑が隠されたフレーズのように思えてなりません。
今回の金融庁報告書の意味を考える
「人生100年時代を見据えた資産形成を促す報告書」には
とあります。
2,000万円という数字の根拠は、平均的な収入・支出の状況から年代ごとの金融資産の変化を推計。
男性が65歳以上、女性が60歳以上の夫婦では、年金収入に頼った生活設計だと毎月約5万円の赤字が出るとはじき、これから20年生きると1,300万円、30年だと2,000万円が不足するとしたようです。
長寿化が進む日本では現在60歳の人の25%は95歳まで生きるとの推計もあり、報告書では現役時代から長期積立型で国内外の商品に分散投資することを推奨、定年を迎えたら退職金も有効活用して老後の人生に備えるよう求めたとあります。
これを受けて金融機関やFPは資産運用の大切さを訴え、iDeco制度の推進を図り、投資信託を積極的に勧めてくるのでしょう。
確定拠出年金やiDecoで多くの人が投資信託を購入することで、個人が株式市場に参加することになり、株価を下支えしてくれることを期待しているのでしょうかね。
年金制度依存体質からの脱却という意味では、人生を国や会社にゆだねる、いわゆる国家との「心中」状態から自立することは望ましいと思います。
それでも、「100年安心」というから老後を楽観視していたのに、この期に及んで2,000万円不足するって言われても…こういう思いを抱いている人も多いでしょう。
一方今の若者は、社会保障の充実が就職先としての会社選択の要因になっていないことも理解できます。
年金はもらえないというのが、今の若者の本音なのでしょう。
「なぜもっと早めの対策をうたなかったのか」
そういう思いも強くありますが、現実を捉えて、自分達の将来は自分達で何とかしなければならないという思いを強く持たせてくれたという観点で考えれば、今回の金融庁報告書がそのきっかけとなるのかなと前向きに捉えたいとも思います。
この情報誌のテーマが「制度依存体質から脱却し真の自立を」ですからね。
制度が変わるのでなく、既成事実を先に作ってそれに制度をあわせていく
年金制度を変えるのではなく、実際の社会構造を変えることで、それに制度を合わせる形で年金制度を変えていく…。
そういう流れではないでしょうか。
年金制度の抜本的改革は、力技で行うと国民の理解は得られないでしょうし、何より選挙に不利になります。
60歳過ぎてもずっと現役で働くのが「人生100年時代」のあり方だと意識付け、それにあわせて制度を変える、現実に制度を合わせることで年金支給は70歳からに繰り上げてくるのでしょう。
政府の本音は「社会保障規模の縮小」です。
それは年金だけでなく、むしろ医療制度のほうに適用したい概念でしょう。
それだけ医療制度維持が重要課題となっています。
「働いて保険料を多く払って…」医療制度側から見れば、これが本音でしょうね。
医療制度は単年度収支となっていて、年金のような積立金はありませんからね。
人生100年社会の社会保障とは「長寿に備えた保障の充実」なのでしょうか。
麻生財務大臣の言葉を借りれば、「状況が変わった」ことによる今後のさらなる社会保障に関する制度改正を見守りたいです。
考察:制度依存か自助努力か

国の制度に頼り続けるのか、それとも自分の足で立ち続けるのか。
資本主義である以上後者になるのは当然と言えば当然で、再分配理論は社会主義国家においての話で、もし再分配強化を望むのであれば、政治を変えるしかなく、それは選挙で「大きな政府」を目指す政権を後押しすることになるのでしょう。
ただし「負担」と「保障」は表裏一体ですから、税負担をどこまで受け入れるかという問題もあり、保障とのバランスを取ることも求められます。
この話になるとき、民主党政権発足時の「無駄を省く」という議論を思い出します。
また、小泉純一郎元首相の、医療制度改革時に訴えていた「三法一両損」というすばらしい意見もありました。
まずは議員定数削減と歳費削減を大胆に行うべきではなかったかと思います。
マイナンバーカード活用で効率化を図るのであれば、公務員制度改革を押しすすめられるでしょう。
今後の事務処理AI化をも見越せば、公務員数見直しは議論になると思いますよ。
民主党政権発足時に、無駄な公共事業の削減を前提とした「事業仕分け」がうまく機能しなかったのは、官僚を完全に敵にまわしたからです。
今後は政治主導を推し進め、官僚を敵視するのではなく、純粋に事業の見直し、特に既に動いている事業も含め立ち止まることも視野に入れて見直すことが大事かと思います。
これからは私たちの意識改革が必要です
業界利益と議員利益の関係を断ち切ることも大事で、既得権益を守る構図も見直す必要があるでしょう。
タブー視されている特別会計の見直し(かつて、この問題追及で、当時民主党の石井紘基議員が刺殺されたことがあります)に踏み込めるのかどうかですね。
国保有財産の売却、徹底した構造改革による政府機能のスリム化を図った上で、それでも足らなければ増税もやむなしと納得できますけどね。
これらを政治に求めるのはこくな話でしょうか。
であれば、私たちの意識改革が必要です。
何度も主張していますが「制度依存体質からの脱却」です。
冷静に考えれば、日本において、少子高齢化が加速することはまちがいなく、それに制度が対応できるとは到底思えず、直接的表現をあえてすれば、いずれは制度を放棄してくると思います。
それを見越して準備をしなければならない、それが自助努力になるのでしょう。
投資運用大歓迎
そういう発想にならざるを得ないような気がしますね。
これからの雇用形態は2パターンになる
社会保障制度や資産形成の話から話が雇用形態に飛躍しますが、AI導入が進むにつれ、これからは
・給与額よりも長期雇用保証を求める
あるいは
・実力に見合った給料を得る成果主義を求める
どちらかを選ぶことになるのでしょう。
後者はプロスポーツの世界にある年俸交渉のようなもので、雇用期間は単年ないしは複数年になります。それはプロジェクトによって変わります。
つまりはプロジェクトありきの雇用となり、プロジェクトをホールドできる能力が問われ、それができる人が高収入を得られるということになるのでしょう。
一気にそこまで雇用形態が変わることはないでしょうが、今までのような「ダラダラ雇用」はなくなりますね。
その分、高収入を得られるチャンスは増えます。それが資本主義社会です。
働くということの意識を変えていく必要がありそうです。会社との関係が変わるということですね。
時代の流れは止まらない、それを後押しするのがAIによる事業の効率化だと思われます。
筑波大学准教授でメディアアーティストの落合陽一氏は
と表現しています。
話がかなり脱線しましたが、総合的な自立、真の自助努力が求められることになり、おそらくそのなかで、資産形成の話が出てきているのでしょう。(執筆者:原 彰宏)