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「在職老齢年金」という制度

60歳以降も雇用されて働く時は、「在職老齢年金」という制度により、年金の全部または一部が、カット(支給停止)になる場合があります。
ただパートやアルバイトなどの短時間労働者として働き、厚生年金保険に加入しない場合には、カットになりません。
またカットになるのは、原則65歳から支給される「老齢厚生年金」、経過措置で60歳~64歳から支給される「特別支給の老齢厚生年金」の、いずれかになります。
つまり
です。
そのため原則65歳になると
障害基礎年金や障害厚生年金などの「障害年金」
遺族基礎年金や遺族厚生年金などの「遺族年金」
は、カットになりません。
実際に年金がカットになる目安
【60歳~64歳の方】
「月給+直近1年のボーナスを12で割った額」と「特別支給の老齢厚生年金を12で割った額」の合計が28万円という基準額を超えた場合になります。
【65歳以降の方】
「月給+直近1年のボーナスを12で割った額」と「老齢厚生年金を12で割った額」の合計が47万円という基準額を超えた場合になります。
この28万円や47万円という基準額は、2019年度のものになるため、将来的には賃金や物価の変動に合わせて、金額が変わるかもしれません。
なお具体的なカット額を自分で計算するのは、けっこう難しいので、在職老齢年金によるカット額が自動的に試算される「ねんきんネット」などを、活用した方が良いと思います。
在職老齢年金を廃止すると、高所得者の優遇と財源の問題に直面する
在職老齢年金は高齢者の就業意欲を損なっているとして、以前から議論の対象になってきました。
そこで政府は2019年6月21日に閣議決定した、「経済財政運営と改革の基本方針2019(以下では「骨太方針2019」で記述)」の中に、この在職老齢年金を見直しすると記載しました。
当初は制度の廃止が有力案だったのですが、
という意見が出てきたようです。
また在職老齢年金を一度に廃止すると、1兆円以上の財源が必要になるため、それをどうするのかという問題もあるようです。
例えば会社員などが加入する厚生年金保険は、「年収の18.30%」という上限に達するまで、毎年9月に0.354%ずつ、保険料を引き上げしてきましたが、2017年9月にその上限に達しました。
そのため保険料を引き上げするのは難しい状況であり、高所得者を優遇するために保険料を引き上げするとなれば、さらに難しいと思います。
また先日に発表された年金の財政検証によると、もっとも経済成長や労働参加が進まないシナリオでは、2052年度に積立金が枯渇すると試算されたので、こちらも余裕はありません。
在職老齢年金によりカットされた分は、繰下げしても増額にならない
原則65歳から受給できる、老齢年金(老齢基礎年金、老齢厚生年金)の支給開始を、1か月繰下げる(遅くする)と、0.7%ずつ老齢年金が増えていく、「繰下げ受給」という制度があります。
現在は70歳まで支給開始を繰下げできますが、骨太方針2019を読んでみると、この年齢を引き上げすると記載されています。
具体的な年齢は記載されていないのですが、年金の財政検証では75歳まで引き上げした場合の、所得代替率(現役世代の手取り収入に対する、新規裁定時の年金額の割合)の変化などが試算されていたので、この辺りではないかと思います。
もし繰下げできる年齢が引き上げになった場合、在職老齢年金で年金がカットされるか否かが、現在より大切になってきます。
その理由として
からです。
28万円と47万円という基準額を、62万円に引き上げする案がある
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繰下げ受給を普及させるためには、在職老齢年金を廃止した方が良いのですが、廃止すると高所得者を優遇したり、財源の問題に直面したりするという、ジレンマに陥っていたのです。
そこで最近は60歳~64歳の基準額である28万円、65歳以降の基準額である47万円のいずれについても、62万円まで引き上げするという案が、有力になっております。
これが実現されると、給与と老齢厚生年金(特別支給の老齢厚生年金)の合計額が62万円を超えるまで、年金はカットされないので、かなり働きやすくなると思います。
ところで月給から控除されている厚生年金保険の保険料は、月給や各種手当などの合計額によって決まる「標準報酬月額」に、保険料率を乗じて算出します。
そのため昇給などにより、月給や各種手当などの合計額が増えれば、それに比例して標準報酬月額も増え、「標準報酬月額×保険料率」で算出される保険料も増えていきます。
しかし月給や各種手当などの合計額が60万5,000円以上の場合、標準報酬月額は一律で62万円になり、「標準報酬月額×保険料率」で算出される保険料も一律になるため、ここまで達すると保険料の上昇は止まります。
このように
ようです。
厚生年金保険に加入しない個人事業主は、在職老齢年金が適用されない
健康機器大手のタニタは、社員との雇用契約を業務委託に切り替え、社員を個人事業主にするという制度で、注目を集めております。
このような制度や脱サラで個人事業主になった場合、社会保険に加入する要件を満たさなくなるため、加入する年金制度は厚生年金保険から、国民年金に切り替わります。
ただ厚生年金保険に加入する年齢の上限は70歳、国民年金に加入する年齢の上限は60歳のため、60歳以上の方は切り替えではなく、年金制度に加入する必要がなくなります。
そうすると将来に受給できる年金額は減ってしまいますが、年金の保険料を納付する必要がなくなります。
また厚生年金保険に加入しなくなれば、在職老齢年金は適用されないため、収入がいくらになっても、年金はカットされません。
ですから在職老齢年金の基準額が引き上げされても、年金のカットが止まらないという方は、個人事業主という働き方を、検討してみるのが良いと思います。(執筆者:社会保険労務士 木村 公司)