
お盆に顔がそろっても、相続の話だけはまとまらないことがあります。相続税の申告書は兄弟で連名にするものだと思われがちですが、条文上は各人が出す義務で、共同提出はあくまで選べる方法です。ただし、手続きを分けても財産の情報までは分けられません。税額の計算には他の兄弟の分が、小規模宅地等の特例には対象となり得る宅地等を取得した兄弟の同意が要ります。
別々の提出を認めている相続税法27条
相続税の申告書は、相続や遺贈で財産を取得した人が、それぞれ自分の名前で出す書類です。相続税法27条1項は、財産の課税価格の合計額が遺産に係る基礎控除額を超え、その人に相続税額があるときは、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内に、課税価格や相続税額などを記載した申告書を納税地の所轄税務署長に提出しなければならないと定めています。義務を負うのは相続人という集団ではなく、財産を取得した一人ひとりです。国税庁も、期限までに申告をしなかった場合や、実際に取得した財産の額より少ない額で申告をした場合には、本来の税金のほかに加算税や延滞税がかかる場合があると案内しています。
では連名の申告は何かというと、同じ条文の5項に置かれた選択肢です。同一の被相続人から財産を取得した人が2人以上いて、申告書の提出先の税務署長が同一であるときは、これらの者は申告書を共同して提出することができる、という書き方になっています。「できる」であって「しなければならない」ではありません。兄弟と顔を合わせずに自分の分だけを出しても、それ自体が違反になることはないわけです。
宛先も確かめておきましょう。国税庁は、被相続人の死亡の時における住所が日本国内にある場合、申告書の提出先は被相続人の住所地を所轄する税務署であり、相続人の住所地を所轄する税務署ではないと案内しています。兄弟が遠く離れて暮らしていても、書類が届く先は同じ1か所です。別々に出した申告書も、結局は同じ税務署に集まります。

全員分の財産がそろわないと出ない税額
ここでつまずくのが、税額の計算です。相続税は、自分がもらった財産にそのまま税率を掛けて出すしくみになっていません。
相続税法16条は、相続税の総額を、全ての人の課税価格の合計額から基礎控除額を引いた残額をもとに、法定相続分で分けたものとして税率を掛け、それを合計した金額と定めています。そのうえで17条が、各人の税額は、この総額に、自分の課税価格が全員の課税価格の合計額に占める割合を掛けた金額だとしています。他の兄弟がいくら受け取ったかが分からないままでは、自分が納める額も決まらないということです。
書類の面でも同じことが求められます。27条4項は、申告書に、被相続人の死亡の時における財産と債務、そして被相続人から相続や遺贈で財産を取得したすべての人が取得した財産と承継した債務の各人ごとの明細を記載した明細書を添付しなければならないと定めています。別々に出す場合でも、書く中身は自分の分では足りません。手続きは分けられても、情報は分けられないのです。
取得者全員の同意が要る小規模宅地等の特例
別々の申告でいちばん痛いのが、小規模宅地等の特例です。被相続人が住んでいた自宅や事業に使っていた敷地について、相続税の課税価格に算入する評価額を下げられる制度で、国税庁の一覧では、自宅の敷地にあたる特定居住用宅地等と、商売に使っていた敷地にあたる特定事業用宅地等が80%、人に貸していた土地にあたる貸付事業用宅地等が50%の減額とされています。使えるかどうかで納税額が大きく変わる、影響の大きい特例です。
問題は、特例を使う宅地を「選ぶ」ところに全員が関わる点にあります。租税特別措置法69条の4第1項は、適用を受ける宅地の選択を政令の定めるところによるとしており、同法施行令40条の2第5項は、選択の明細を書いた書類などとあわせて、対象となり得る宅地等を取得した全ての個人の選択についての同意を証する書類を申告書に添付してするものと定めています。国税庁も、対象となり得る宅地等を取得した相続人等が2人以上いる場合には、選択について全員が同意していることが必要だと説明しています。つまり、対象となり得る宅地等を取得した兄弟の1人が同意書に応じなければ、別々に申告しても特例そのものが使えません。
もうひとつ、原則として相続税の申告期限までに分割されていることも要件です。国税庁は、分割されていないという理由で相続税の申告期限が延びることはないとしており、まとまらないまま期限を迎えると、この特例を適用できない申告になります。ただし取り返す道はあり、相続税の申告書に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付して提出しておき、申告期限から3年以内に分割された場合は、特例を使えるのが原則です。この場合、更正の請求ができるのは、分割が行われた日の翌日から4か月以内です。
納付が終わるまで続く連帯納付の責め
自分の分を納めれば終わり、とも言い切れません。相続税法34条1項は、同一の被相続人から相続や遺贈で財産を取得した全ての人が、その相続や遺贈で受けた利益の価額に相当する金額を限度として、互いに連帯納付の責めに任ずると定めています。誰かが納めないままでいると、他の人に請求が回る余地があるということです。
ただし、この責任は無条件に続くわけではありません。同項1号は、申告期限から5年を経過する日までに税務署長が連帯納付義務者へ納付の通知を発していない場合、その相続税については責めを負わないとしています。ほかに、本人が延納の許可を受けた相続税額と、納税の猶予がされた相続税額も除かれます。それでも、手続きを分けても納税では互いに縛られるという構図は残ります。
他の人の申告内容を確かめる手立てとその限界
情報を共有すべきだと分かっていても、相手が話してくれないことはあります。そこで使えるのが、相続税法49条1項の開示請求です。相続税の申告や更正の請求をしようとする人が、他の相続人などが被相続人から受けた一定の生前贈与、具体的には加算対象期間内の暦年課税贈与や相続時精算課税適用分の贈与に係る贈与税の課税価格の合計額について、税務署長に開示を求められます。手数料はかからず、請求があった場合、税務署長は請求後2か月以内に開示しなければならないとされています。請求できるのは被相続人に係る相続開始の日の属する年の3月16日以後で、提出先は被相続人の死亡時の住所地などを所轄する税務署です。
注意したいのは、分かる範囲が限られていることです。開示されるのは、加算対象期間内の暦年課税贈与や相続時精算課税適用分の贈与に係る贈与税の課税価格の合計額であって、他の相続人の相続税の申告書そのものではありません。他の共同相続人などが2人以上いるときは全員分の合計額として示されるため、誰がいくら受け取ったかまでは読み取れません。
では申告書そのものを見る道はどうかというと、ここで別々に出した不利が効いてきます。国税庁の事務運営指針は、共同で提出された相続税申告書について、共同提出した納税者全員が来署して申請するか、一部の人からの申請なら残る全員の委任状と印鑑登録証明書などがそろう場合に限り、申告書全体の閲覧に応じるとしています。一方で、各納税者が各別に提出した相続税申告書については、その申告書を提出した納税者からの閲覧申請に限り閲覧を認めるとしています。別々に出したあとで、他の兄弟が何を書いたのかを見にいくことはできないのです。
顔がそろううちに、財産の一覧だけは合わせておく
申告書を別々に出すこと自体は、条文が認めています。分けられないのは手続きではなく情報のほうで、税額の計算には全員分の財産が、小規模宅地等の特例には対象となり得る宅地等を取得した人の同意が要ります。顔がそろううちに、預貯金や不動産、生前贈与の一覧だけは突き合わせておきましょう。話し合いの席は分かれても、数字が合っていれば申告は前に進みます。


