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夢の国へのパスポート費用はデフレ知らず
東京ディズニーリゾート(TDR)内の2つのテーマパークであるディズニーランド(TDL)及び、ディズニーシー(TDS)の入園料(大人のワンデーパスポート料金)の値上げは3年連続で実施され、今年4月から7,400円となった。
3年前のワンデーパスポートが6,400円だったので、3年間で1,000円の値上げ、率に換算すると15.6%の価格アップだ。
スターライトパスポートとアフター6パスポートの料金は据え置かれたものの、遠方から夢の国を訪れる家族連れのディズニーファンにとっては、TDRパークチケットの度重なる値上げは心穏やかではないだろう。
また、デフレからの脱却に苦しむ日本で、2%の物価上昇目標を掲げながら就任後3年以上経った現在でも目標を達成できていない日本銀行総裁にとって、皮肉にも東京ディズニーリゾートTDRの3年連続のパークチケット値上げは羨ましく映るかもしれない。
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海外のパークと比較するとTDRパークチケットは意外と安い
世界各国のディズニー・テーマパークの標準的な入園料(ワンデーパスポートに相当する料金)を比較してみた。
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為替レート…1USドル=104.42円、1ユーロ=115.67円、人民元=16円で換算(7月29日時点の外国為替相場・公示スポットレート)
こうして比較してみると、日本のTDLとTDSは4月にパスポート料金を値上げしたにもかかわらず、世界最安値水準であることが分かった。
どこまで値上がりをするのだろうか…
日本のディズニーリゾートの入園料が海外のパークに比べて割安であるのなら、今後も毎年のように値上げが続いていき、いずれは海外パークの価格水準に近づいていくのだろうか?
いろいろ調べていくと状況はそんなに単純ではないことが分かってきた。
確かに、TDRは日本人の多くが一度は足を運んだことのある「夢の国」であり、そのリピート率は驚異の97%といわれている。ゲスト(入場者)を飽きさせない数多くのアトラクションやイベントがリピート客を増やす秘訣でもあるが最大の魅力はキャストの「おもてなしマインド」だといえようか。
筆者は、海外のディズニー・テーマパークに訪れたことがないので、国内外のパークにおけるサービスに大きな違い(優劣?)があるのかどうかは分からないが、TDRのサービス水準・クオリティ―はおそらく世界でも随一といってもいいだろう。
よって、パスポート料金は少なくとも米国並みの1万円~1万1,000円に値上げされても不思議ではないかもしれない。
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運営会社オリエンタルランドの業績は減収減益
TDRを運営するオリエンタルランドの業績は、2016年3月期(2015年度)のテーマパーク事業の売上高で前年同期比0.8%減少の3,846億円、本業の儲けを示す営業利益で2.9%減少の1,073億円だった。
減収減益となった要因は、2015年度のパーク入園者数が3.8%減少の3,019万人と、4年ぶりに前年度を下回ったためだ。混雑緩和のため入場制限を行っていることもあるが、入園者数の減少はチケット価格値上げの影響がやはり大きかったのだろう。
増税による消費者の負担感増も影響
値上げによる入園者数の減少は、オリエンタルランドにとってはある程度織り込み済みだったと思われるが、1人当たりの売上高の上昇が予想に追いつかなかったことが売上高の減少に繋がった。
つまり、ゲストの中には値上げに拒否反応を示した人が少なくなかったことが推測できよう。アベノミクスによって回復基調にあった消費者の家計支出は、2014年4月に実施された消費税増税により鈍化してしまった。
増税に加えてのパークチケット値上げなので、TDRを訪れるゲストの負担感は大きく増してしまったのだ。
「値上げ」だけが売上減少の原因ではない?
そもそもTDRは高付加価値サービスを提供する企業のため、値上げに対する消費者の許容度は比較的高く、値上げをしてもその価格に見合った価値を提供できれば問題はない。客数が減少しても、客単価の上昇でカバーできるからだ。
しかし、テーマパーク事業の売上高が減少したということは、以前に比べて価格に見合った価値・クオリティ―を提供できなくなったからではないだろうか? 売上高の減少は顧客満足度が低下したからと分析することができよう。
オリエンタルランドは、TDRのアトラクションなどに年平均で500億円レベルの投資を行い、定期的に新しいアトラクションやイベントを投入することでゲストを飽きさせないようにしている。
しかしながら、2013年(TDRが30周年を迎えた「ザ・ハピネス・イヤー」)以降は、アトラクションなどが生み出す付加価値の効果が薄れてきている様だ。
ライバルのUSJは絶好調
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USJ(ユニバーサルスタジオ・ジャパン)をはじめとする他のテーマパークに比べて、TDRは外国人観光客(インバウンド需要)の取り込みで苦戦していることも報道されている。
もしかしたら、中国や香港から観光に来た人たちの多くは、「ディズニーパークは自国にもあるから敢えていかなくてもいいや。日本独自のキャラクターやイベントが楽しめるUSJの方が魅力的だ!」と考えたのかもしれない。
事実、 USJは「ハリーポッター・エリアがあるのは、米国フロリダと大阪だけ!」さらには「日本独自のコンテンツが盛りだくさん!」などと大々的に外国人観光客へプロモーションを実施し、インバウンド需要をしっかり掴んでいる。
折しも、USJは2015年の世界のテーマパークランキングで、入場者数がTDS(東京ディズニーシー)を抜き、世界第4位(入場者数は1,390万人)になった。ちなみに、入場料(1デイ・スタジオ・パス)はTDRと同額の7,400円である。
業績回復の鍵はインバウンド需要の取り込み
オリエンタルランドでは今後、東南アジアからのゲストを増やす考えとのこと。
苦戦しているインバウンド需要の取り込みにどれだけ成功するかが業績回復の鍵を握るといえよう。また2016年に開園した上海ディズニーランドや、今後予想される香港ディズニーランドの拡張とどう戦っていくのかも注目される。
2015年度決算では減収減益だったが、売上高と営業利益はいまだ高い水準にあるし、入園者数は3年連続で3,000万人を超えている。
また豊富な資金力をもとに新規アトラクションや再開発のための投資も継続できる良好な財務体質を踏まえれば、TDRはゲストに高い満足度を提供し続けることは十分に可能であろう。
尚、2016年第1四半期(4~6月期)の決算では、TDSの15周年記念イベントや関連グッズ販売が好調で4月の値上げにもかかわらず、純利益は前年同期比で5%増加した模様だ。
来年以降のパークチケット値上げは微妙だが、内外価格差はどう理解すべきか?
TDRパークチケットの値上げが来年以降も続くかどうかは分からないが、運営会社のオリエンタルランドの業績動向や他のテーマパークとの競争状況次第といったところだろうか。
いずれにしても、日本のディズニーファンからすれば、これからも感動体験が得られることが何よりも重要である。
仮に、TDRが来年以降はパークチケットを値上げしないとしたら、海外のディズニーパークとのチケット料金の差をどう理解したらいいのだろうか?
最近の円高傾向で、内外価格差は多少縮まってきた感はあるが、米国フロリダ州にあるウォルト・ディズニー・ワールドのチケット料金(円換算で約1万1,000円)がTDRの5割増しなのは、日米でアトラクションの内容や人件費の水準に大きな差があるとしても、あまりにも価格差があり過ぎるといえないだろうか。
「ビックマック指数」を取り入れて考えてみる
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「ビックマック指数」とは、世界の国や地域で販売されているビッグマックの価格を比較して実際の為替相場との差を表すもので、通貨の実力いわゆる「購買力平価」に基づく為替レートを測る際に用いられる。
つまり、世界の通貨の実力をマクドナルドのビッグマックによって比較する「ビッグマック指数」の様な概念が、ディズニーパークの入場料でもできるのでは? と考えたわけだ。
そこで、TDRと米国ウォルト・ディズニー・ワールドのパークチケット料金の価値が同じだと仮定した「ディズニーランド指数」なるものを計算してみることにした。
「ディズニーランド指数」を計算してみる
1ドルは70.18円(7,400円÷105.44ドル)と評価される。7月28日時点の公示レート(ドル円相場)が104.42円なので、円は32.8%も過小評価されていることになる。
ちなみに、ビッグマック指数によれば、1ドルは75.05円(国内のビックマック正規価格370円÷北米での価格4.93ドル)となり、円はドルに対して28.1%程度過小評価されていることになる。
2つの指数で5%弱の差はあるものの、ディズニーランド指数も購買力平価を計る尺度としては結構使えることが分かる。
「ディズニーランド指数」からわかること
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仮に、「ディズニーランド指数」が有効であるとするなら、円は足もとの1ドル103~105円の水準より30%以上も円高ドル安の1ドル70~75円水準になっても決しておかしくない。
年初の1ドル120円台から急激に円高ドル安が進んだことに、企業も個人投資家も右往左往しているが、いまだデフレから脱却をしていない日本においては、円の購買力は相対的に高く(逆にモノやサービスの値段は下落している)、8月上旬の実勢為替水準の100~102円でもまだ割安である。
1ドル70円台はともかくとしても90円台円の円高水準は十分妥当であることが、ディズニーランド指数から想定することができよう。
今回は、TDRのパークチケット料金の値上げに嘆き、そして内外価格差の存在に気づき、さらには「ディズニーランド指数」から円の購買力、すなわち為替市場における円の本来価値について考えさせられることになった。
東京ディズニーリゾートは私たちにとってファンタジーの世界を堪能できる「夢の国」であるだけでなく、為替相場をはじめとする経済事象についても示唆してくれる大変興味深い存在である。(執筆者:完山 芳男)