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あなたが高齢者になってからできる「リスクへの対策」
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私は終活セミナーを月に一回以上の頻度で行っている。
エンディングノートの書き方も併せて行うこともあるが、おおむね70歳以上の参加者が多い。
内容は、人生の後半期をどう楽しむか、もし介護になったら誰が介護するのか、などを話すが、大半の聴講生の関心は
「財産を相続することを想定した備え」など
になる。
つまり「資産があることが前提」でのリスク対策に関心があるのだ。
また私は、地域福祉の現場で高齢者のお金の相談を受けることもあるが、そこで見る厳しい現実は「一か月6万5,000円の年金収入で慎ましく暮らしていたが、家族の介護費や医療費の負担増で苦しい生活を強いられている」というケースであったりする。
老後破たんリスクや、高齢者の生活保護受給は「特定の人にだけあり得る出来事」ではなく、もしかすると自分にもやってくるかもしれない「考えたくない出来事」だと言えるかもしれない。
そして、このような二つのリスクのうち、高齢者がその時点で対処できるものは「高齢期の資産管理・どう自分が介護されるか」であり、70歳を過ぎた高齢者がそこから老後破たんリスクへ、自ら備えることはほぼ不可能だと考えられる。
つまり、今現在高齢である方の「長生きリスク対策」は、現状では、これからの計画的な資産形成ではなく、「今ある資産」を失わないための対策でしかないと言える。
現役世代の考える「これからのリスク」とは?
私は20代や30代の人のライフプラン相談をお受けすることもあるが、そこで語られる「将来訪れるかもしれないリスク」は、高齢者のような「失わない」不安ではなく、「将来に資産がないかもしれない」というものであることが多い。
具体的には
「受け取る年金が極端に少ないのでは?」
という将来不安である。
また私のような40代~50代は、65歳から年金が確実にもらえるかどうかは不確かであることは理解している。
しかし子育て資金や住宅ローンの支払いなど、ライフイベントに必用なお金が多くて、老後準備に不安を感じているものの、第一にそれに取り掛かるわけにもいかず、悶々としているという人が多いのではないだろうか?
このように、今現在年金を受け取っている世代と、これから受け取る「予定」の世代では、「長生きリスク」というものの捉え方が決定的に違うのである。
生命保険会社が果たすべき「社会的使命」
そんな中、最も身近にある金融機関である生命保険会社の、長生きリスクへの姿勢は、明確に高齢世帯と現役世代を分断しているのが現実だ。
現役世代への生命保険商品は主として「無事に現役時代の家族への経済的責任を果たす」ための商品こそ、たくさん開発されている。
例えば世帯主が亡くなった時への備えとして「収入保障保険」や、病気やけがで働けなくなった時を想定した「所得補償保険(就業不能保険)」などがその代表例である。
特に所得補償保険(就業不能保険)は、今後さらに各社の商品開発合戦が行われるのではないかと思われる。
保険を活用した「長生きリスク対策」への対応は
一方、保険を活用した「長生きリスク対策」への対応はどうだろうか?
目につくのは昔からある年金保険ではなく、外貨建ての年金保険・終身保険で、アメリカやオーストラリアの経済に頼るものが多い。
運用利率は2~3パ-セントとこの時代には「まあまあ」のレベルだが、いかんせん年金などで受けとる時の「為替リスク」を保険会社は取らないのだから、ある意味「その時の運しだい」とも言える。
契約時に30年後の為替リスクを契約者が負う「長生きリスク対策」では、生命保険会社の社会的使命は果たせていると考えられるだろうか?
高齢世帯への「長生きリスク対策」は?
では高齢世帯への「長生きリスク対策」を生命保険会社はどう考えているだろうか?
目につくのは、最近増えてきた「介護保険」や告知がゆるやかな「医療保険」、相続対策に使うための「外貨建ての一時払い終身」、10年間は「お金を預けただけ」のカタチになってしまう外貨建ての一時払い年金などである。
ここでの傾向は「そう遠くない時に起こりえるリスクを想定した」保険商品である。
言い換えると、平均寿命以内で起こるリスクを想定した商品であり、超高齢化社会への備えというよりは、高齢者の眼前のリスクへの備えを喚起する保険商品が多いと言える。
以上のことからわかることは、身近な金融機関である生命保険会社は、この超高齢化社会の「長生きリスク」に対して、真正面から受け止めるのではなく、やや半身になりながら「恐々と受け止めようとしている」という印象を受ける。
現役世代へ提供する商品開発は盛んに行われていることと、高齢者が老後生活を長く送りたいと思えるような、明快な意図の商品は多くないことからそう考えてみたが、皆さんはどうお感じになるだろうか?
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「トンチン性」の活用で「世代を跨ぐ長生きリスク対策」を考えるのは悪なのか?
※トンチン性とは 「同世代の者たちで掛け金を出し合って、その基金の運用益を生きている人だけで分ける年金を、17世紀にイタリア人銀行家のロレンツォ・トンチが考案したことからトンチン年金という。このようなトンチン性の高い商品は、長生きをしている人ほど年金の受取額は増え、最後の1人はその基金全体を受け取ることになるので射倖性が高い。」(引用:保険用語辞典)
そんな背景の中、日本生命は昨年「超高齢化社会を見据えた」生存保険、「グランエイジ」を発売した。
設定した年齢まで保険料を積み立てて、そこから年金を受け取るという商品となっている。
商品の詳しい内容は日本生命のHPをご覧いただきたいのだが、実はこのグランエイジは大胆な特徴を持っている。
一つは、長く年金を受け取れるほど、もらえる年金額が大きくなるという特徴である。
もう一つは、保険料払い込み期間中の解約返戻金を低く抑えている特徴である。
つまり契約者(被保険者)の死亡時には一般的な年金保険のようにはお金がかえって来ないという点だ。
この後者の仕組みが「トンチン性」と呼ばれているもので
というメリットを商品特性にしていると考えてほしい。
「トンチン性」という仕組み自体が損する仕組みではないか、という意見があるが、そもそもそのような考え方こそが、現在の生命保険業界の「長生きリスク」への備えの未熟さを現わしているとも言える。
つまり「トンチン性などという考え方は超高齢化社会にはそぐわない」ということかもしれないが、その発想こそが超高齢化社会の長生きリスクを正面から捉えずに、「このままでも何とかなるのではないか?」という甘い認識に、どっかりと腰を据えてしまっている印象がある。
また、このグランエイジの特徴に、5年保証期間付き終身年金の場合、親がまず受け取り、その親の死亡後にその年金受け取りそのものを子が継承できるという点がある。この仕組みは画期的であると思う。
この考え方は「相続による資産移転」ではなく、むしろ「民事信託による資産継承」をイメージさせる。
当然だが、年金受け取りを継承した子が死亡するまでは、この年金を受け取り続けることができるので「親子の長生きリスク」に対応できる可能性があるのだ。
日本生命の商品説明、特に「トンチン性に関する説明」がイマイチなのは否めない事実ではあるが、親子間の年金の継承という側面を考慮した場合、「世代を跨ぐ長生きリスク」対策になると考えることも可能だが、皆さんはどのような感想を持たれただろうか?
最後に。生命保険会社には、今こそ冒険をしてほしい!
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日本生命の商品を「よいしょ」するような内容であると思われる読者もいるかもしれないし、その批判は甘んじて受けよう。
しかし生命保険会社の長生きリスク対策には大きな課題がある、という事だけはご理解いただきたい。
それは、トンチン性などを生かした生存保険の保険商品が少ない現実と、保険会社自体が「掛け捨て保険商品」の商品開発にシフトしているという現状だ。
結局のところ「長生きリスクに対応しています」という保険商品は、外貨建ての終身保険や年金保険が中心になってしまっていて、為替リスクを嫌う消費者にはとっつきにくいし、かつて隆盛を極めた「一時払い終身(円建て)」は単なる相続対策の道具でしかない。
さいごに
このような状態が今後も続き、円建ての生存保険の開発競争が行われない場合、相も変わらずの生命保険業界に留まることになるだろう。
そして「長生きリスク」をどう軽減するかを、相も変わらず議論していることだろう。
だからこそ、グランエイジなどの先行商品を打ち負かすような「長生きリスク」に真に対応する保険商品を各社になんとか開発して欲しいものである。
今の20~30代が、私のような先が見えてきた中年になる前に、そんな環境になることを切に願う次第である。(執筆者:石川 智)