新年度が始まる4月頃になると、退職金を給与に上乗せして前払いで受け取る場合と、退職する時に一時金で受け取る場合の手取り額を比較しながら、いずれがお得なのかを解説する記事をよく見かけます。
また最近は前払いの退職金を、企業型の確定拠出年金(以下では「企業型DC」で記述)の掛金で受け取る場合と、給与に上乗せして受け取る場合の手取り額を比較しながら、いずれがお得なのかを解説する記事もよく見かけます。
退職する時に一時金で受け取ると、退職所得控除を利用できます。
例えば40年間に渡って勤務した場合、退職金が大卒平均の2,000万円程度であれば、所得税や住民税は課税されず、また社会保険料も徴収されません。
それに対して給与に上乗せして前払いで受け取ると、給与が増えた分だけ、所得税、住民税、社会保険料が増える可能性があります。
そのため手取り額という面で見れば、給与に上乗せして前払いで受け取るより、退職する時に一時金で受け取る方がお得なのです。
また企業型DCの掛金は給与ではないため、所得税や住民税は課税されず、またその分の社会保険料は徴収されません。
ですから、前払い退職金は給与に上乗せして受け取るより、企業型DCの掛金で受け取った方がお得なのです。

目次
退職金が不支給になっても、前払いされた分は自分のものにできる
このように「前払いより一時金で受け取る」、「前払いにするなら給与に上乗せするより、企業型DCの掛金で受け取る」という結論の記事が、多いように感じます。
しかし前払いではなく一時金を選択して、損をするケースも少しはあると思うのです。
例えば退職事由によっては退職金を減額、または支給しない会社で働いている方が、一時金を選択している場合、何かトラブルを起こして会社を辞めると、最悪は退職金をまったく受け取れなくなります。
それに対して前払いを選択している場合には、退職事由によって退職金が不支給になったとしても、退職するまでに受け取った分は自分のものにできます。
また次の3つのように前払い退職金を、給与に上乗せして受け取るのではなく、企業型DCの掛金で受け取って、損をするケースも少しはあると思うのです。
【ケース1】退職後にまとまったお金が必要になる
企業型DCの掛金とその運用益は、会社を辞めた後も、原則として障がい状態になったり、死亡したりしないかぎり、60歳になるまで引き出せません。
例外的に60歳になる前でも、企業型DCの掛金とその運用益を、脱退一時金として引き出せる場合があります。
ただ個人型の確定拠出年金(以下では愛称の「iDeCo」で記述)の加入者の範囲が、2017年1月に拡大されてから、脱退一時金の支給要件はかなり厳しくなりましたので、これを満たせる方は少数派なのです。
別の会社に再就職する予定の方は雇用保険の基本手当、いわゆる失業手当や預貯金で、失業期間を乗り切ることができれば、企業型DCの掛金とその運用益をすぐに引き出せなくても、あまり困らないと思います。
しかし例えば退職後に起業したり、留学したりする予定のある方、つまり退職後にまとまったお金が必要になる方は、そのために使える資金が少なくなるため、困ってしまうかもしれません。
また勤続年数が一定未満(例えば3年未満)で退職した時は、会社が拠出した掛金を返還しなければならないと、企業型DCの規約に定められている場合があります。
このようなケースに該当して掛金を返還する場合にも、起業や留学などのために使える資金が少なくなるため、困ってしまうと思うのです。
【ケース2】iDeCo口座を開設するのは大変だと考えている
お勤めてしている会社を退職した後、企業型DCの掛金とその運用益で構成された「個人別管理資産」を、転職先が企業型DCを実施している場合などを除いて、iDeCo口座を自分で開設して、そこに移管します。
もし退職してから6か月以内に、このような手続きを行わなかった場合には、その個人別管理資産は現金化されたうえで、国民年金基金連合会に自動的に移換されます。
この時に4,269円(3,240円 + 1,029円)の移換手数料を取られ、それに加えて毎月51円の管理手数料を取られ続けます。
また個人別管理資産を国民年金基金連合会に放置したままだと、60歳になっても企業型DCの掛金とその運用益を引き出せません。
それならばできるだけ早めにiDeCo口座を開設して、個人別管理資産を移管した方が良いと思うのです。
しかし国民年金基金連合会の調べによると、個人別管理資産を国民年金基金連合会に放置している方は、2013度末時点で43万5,677人もおり、また放置された個人別管理資産は、2012年度末時点で総額約822億円にも達するそうです。
国民年金基金連合会は企業型DCの加入者だった方に対して、iDeCo口座などへの移管を促す手紙を、定期的に送ります。
ですから移管する必要があるのを知らないのではなく、iDeCo口座を開設するのは大変だと考え、その手続きをためらってしまうため、個人別管理資産を移管できない方が、かなり多いと推測されるのです。
あまりお勧めはできませんが、こういった方と同じように考える方は、税金や社会保険料を多く取られたとしても、企業型DCの掛金より給与に上乗せを、選択した方が良いのかもしれません。
【ケース3】掛金の運用利回りより借金の金利の方が高い

投資の知識があまりない、または元本割れが怖いなどの理由により、企業型DCの掛金のすべてを、定期預金で運用している方がいるようです。
現在の金利はゼロに近いですから、このような状態を続けていくと、掛金はほとんど増えません。
その一方で例えば年利3%の住宅ローンを繰上げ返済すると、掛金を3%で運用するのと、同じような効果があります。
しかも繰上げ返済は投資と違って、元本割れの心配がないため、ノーリスクでの運用になります。
ですから給与に上乗せを選択し、その上乗せ分を住宅ローンなどの借金の返済に充てた方が、企業型DCの掛金を選択するよりも、お得になる場合があるのです。
もちろん住宅ローン控除を受けられなくなったり、老後資金がたまらなかったりするマイナス面はあります。
掛金の運用利回りと借金の金利を比較して、両者に大きな差がある場合には、検討の価値があると思います。(執筆者:木村 公司)