2020年東京オリンピック開幕、誰もが「歴史的な年」になることを予想していた矢先に、「新型コロナウイルス」という目に見えない敵が私たちに牙を剥いて襲い掛かってきました。
ここから「違う意味で世界的にも歴史的な年」となることを予想できた人はいるでしょうか。
このような有事であっても事業の継続ひいては雇用の安定を図るべくさまざまな企業努力がなされてきました。
しかし、今回の敵は自社の努力だけでは立ち向かえるレベルの相手ではなく、やむを得ず休業という選択肢を取らざるを得なかった事業所もあります。
その場合に、従業員への賃金の支払いが問題となります。
どのような場合にどの程度の賃金を支払うべきなのでしょうか。
また、そもそも支払う必要はないのか、基本的な考え方を確認していきましょう。
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目次
基本的な考え方
まずは、就労義務があるか否かがスタートです。
就労義務なしの場合には、その時点で「休日」となり他に枝分かれすることはありません。
就労義務ありの場合には、3つの分岐点があります。
1つは「労働日」です。
つまり労働者が働くべき日です。
2つ目は「休業」です。
就労義務があるままで会社側から労働者に対して就労しないよう命じることです。
3つ目は「休暇」です。
労働者が権利を行使した結果、就労義務が免除されることです。
簡潔に整理すると次の通りです。
就労義務あり
・ 労働日(働くべき日)
・ 休業(就労義務ありのまま会社から休みを命じた日)
・ 休暇(労働者から権利を行使して就労免除となった日)
就労義務なし
・ 休日(そもそも休みの日)
今回のコロナ危機を受けて、報道で取り上げられている1つに「休業」のいきさつがあります。
そして、その日に対して労働者から「何も手当はないのか」との主張があり、問題となっているのです。
法律で確認
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まずは、法律条文を確認してみましょう。
法律には一般法と特別法というものがあります。
一般法は民法など、多くの人々に適用される法律です。
次に特別法とは、労働基準法等、特定の対象(労働者や会社)に対して効力を発揮する法律です。
そうすると「両方対象になるではないか」とお叱りを受けるところですが、一般法と特別法の対象がが同じ場合には「特別法が優先」します。
(休業手当)
使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。労働基準法 第二十六条
(債務者の危険負担等)
2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。民法 第五百三十六条
民法536条2項の場合は、労基法の休業手当のように60/100という記載はありませんので100%の賃金と解されます。
よって、
になり得ます。
また、労基法の休業手当は「60/100以上」となっていますので、当然60%から100%の間という選択肢もあり得ます。
そして、もう1つ押さえておかなければならない論点として、民法536条2項は「任意規定」であるということです。
よって、労使合意により適用を排除することが可能です。
会社の就業規則によっては、賃金100%支給を(労使合意により)排除している場合もあります。
休業手当の支給可否の判断において重要な論点は、「使用者の責に帰すべき事由」に当たるか否かです。
ひと口に休業と言っても複数のパターンがあります。
最終的には個別具体的な判断になりますが、イメージしやすいようにタイムリーな事例を用いて基本的な考え方を頭に入れておきましょう。
事例1:新型コロナウイルスへの罹患者が出ていない場合
会社としての休業を選択または選択せざるを得なかったケースではどうでしょうか。
(1) 会社都合により休業 → 休業手当の対象
・ 知事から休業要請を受けたわけではないが、売上減が予見できたために自主的に休業を選択
・ テレワーク等他の代替措置を講ずることが現実的に可能であるにも拘らず、休業を選択
上記のような事例は「使用者の責に帰すべき事由」に該当すると言えるでしょう。
(2) 外部からの休業要請や不可抗力による休業 → 休業手当は不要
・ 都道府県知事による休業要請によりやむを得ず休業
・ 休業が不可抗力により発生したこと(休業の原因が後述する2点を両方満たす場合(1)外部の要因で発生 (2)通常の経営者として最大の注意を尽くしても尚避けることのできない場合)
上記のようなケースでは少なくとも会社が「自発的に選択した」とは言い難いために「使用者の責に帰すべき事由」には当たらないと考えます。
2点目は対ウイルスよりも、災害時に頭にいれておきたい論点とも言えます。
また、休業手当の支給可否の判断について補足事項として、以下を確認しましょう。
「緊急事態宣言及び休業要請のみ」をもって、一律に休業手当不要とはならないことです。
これは企業努力を模索する恩恵として、国からの助成金も検討する価値が高いからです。
休業手当支給可否の判断は法律家の間でも議論が割れることがあるほど難しい問題です。
そして、最も強調したい点として、法的根拠とは関係なく、助成金受給が可能であればむしろ休業手当を支払うべきと考えます。
一例として、雇用調整助成金は企業が支払った「休業手当」に対して助成金が支払われます。
休業手当を支給し、労働者の雇用維持を図り、一部助成を受けるという考え方です。
また、もう1つ考慮すべき点として「安全配慮義務」についてです。
(労働者の安全への配慮)
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。労働契約法 第五条
この義務は、就業規則に明確に定めていなくとも、信義則上当然に会社に課される義務です。
事例2:労働者等が新型コロナウイルスに罹患した場合
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労働者等が新型コロナウイルスに罹患した場合またはそれに近いケースはどうでしょうか。
(1) PCR検査陽性の場合 → 休業手当の対象外
自社内や近隣施設において、PCR検査で陽性者が出たにも拘らず従前と同じ形態で労務の提供を求めることは困難と言えます。
特に同僚に同検査で陽性が出た場合や、濃厚接触者と認められる者のその後の勤務については休業を命じるべきです。
当然、濃厚接触者も「陽性」であった場合には「使用者の責に帰すべき事由」にはあたりませんので、休業手当の支給義務はないと言えます。
その場合は、会社内に病気休暇等の制度があれば、同制度を利用することとなるでしょう。
なければ、労働者側の請求が前提ですが、有給休暇にて対応することになろうかと考えます(会社側からの一方的な有給付与は不可)。
※ 業務外で(労働者が)新型コロナウイルスに罹患した場合には「感染症法」に基づく就業制限の対象です。
伝染予防措置を講じたとしても会社として労働者に就業を命じられるわけではありません。
また、他の労働者への安全配慮の観点からも命じるべきではないでしょう。
会社に病気休暇も有給休暇もない場合
しかし、「会社に病気休暇もなく、有給休暇もない場合にはどうしたらいいの」という場合も想定されます。
その場合には、健康保険に加入していれば「傷病手当金」が支給される可能性があります。
「療養のため、労務に服することができなくなった日」から起算して「3日(通算ではなく継続して)を経過した日」から労務に復帰することができない期間が対象です。
また、支給額は、直近12か月の標準報酬月額を平均した額の1/30に相当する額の2/3を非課税で受給できます。
また、「直近12か月も健康保険に加入していない場合は?」という方も「被保険者期間における標準報酬月額の平均額」と「被保険者の属する保険者の標準報酬月額」のいずれか低い額が算定の基礎となります。
入社したばかりなどで、12か月健康保険に加入していないがために受給できないということはりません(他の要件は満たしていることが前提)。
※ 業務上(労働者が)感染した場合は、「業務との因果関係の有無」により労災の可能性も出てきます。
場合によっては、労災認定のいかんに関わらず、休業手当の支給対象となる可能性があります。
(2) PCR検査陰性の場合 → 労使間の話し合い
「陰性でかつ労務の提供が現実に可能」であるにも拘らず休業を命じる場合には、事業主としても他の労働者への「安全配慮義務」の履行を無視するわけにもいきません。
そして、(検査のタイミングにもよりますが)単にまだ「潜伏期間中」である可能性も否定できません。
よって、労使間の話し合いをすべきでしょう。
休業を命じる場合には、「使用者の責に帰すべき事由」に該当する可能性が高いために、休業手当は支給対象となり得ます。
また、休業を選択するか否かを考慮するにあたって(上記設例の罹患者が出ていないケース、罹患した場合またはそれに近いケース)は以下のチェックポイントをおさえて決断したいところです。
・ 就業規則の内容
・ 雇用契約の内容
・ 休業期間
・ 助成金の受給可能性
・ ビジネスリスク(終息後の労働者のモチベーション、外部への波及効果、業界の動き等)
・ 安全配慮義務
を総合考慮して(厚生労働省からも日々新情報が配信されています)自社にあった現実的な決定をしたいところです。(執筆者:社会保険労務士 蓑田 真吾)