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日本が「セーフ・ヘイブン」と言われる理由とは
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世界中の投資家の間で
というのは外国為替市場では常識となっているが、違和感を持つ読者は少なくないのではないだろうか?
少子高齢化で人口が減少し続けていて、膨大な政府債務を抱えおり、経済成長率も日銀の推計(2015年下期の潜在成長率ベース)でたった0.2%しかない国の通貨がなぜ安全通貨になるのか?
現状と将来において、日本という国はネガティヴな要素は枚挙にいとまがないのだが、投資の世界では日本は安全国「セーフ・ヘイブン」であり、円は安全通貨と見なされている。
本コラムでは、その理由やメカニズムについて分かりやすく説明してみたいと思う。
これまでの主な円高局面
まずは、これまでの主な円高局面を振り返ってみよう。
2016年6月23日 イギリスが国民投票でEU・欧州連合からの離脱が多数を占める
英国の国民投票でEU・欧州連合からの離脱が決まった時、英ポンドを中心とした欧州や資源国の通貨が大きく下落した一方、円相場は急上昇し対ドルで一時99円台を付けた。
1日の値動きも7円と大きく、ドル円レートの下落率は過去最大となった。市場心理の悪化、つまり投資家のリスク回避の姿勢が円高を招くという典型的な光景だ。
2008年9月 リーマン・ショック
グローバル金融危機が起きて銀行間の信用収縮から、世界中で景気が悪化、株安の連鎖が続いたため、市場心理は最悪となった。為替市場ではリスク回避の円高が進行し、1ドル110円前後の水準から87円台まで急進した。
2011年3月 東日本大震災発生
東北地方を中心に家屋の倒壊など甚大な被害が広がり、多くの人命が失われたことから日本の生命保険・損害保険会社が巨額の保険金支払いに備えるため、
といった憶測がマーケットを駆け巡った。
つまり、保険会社が外貨建て資産(大半は米国債をはじめとする米ドル建ての金融資産)を売却して手にしたドルを日本円に戻して保険金支払いに備えるというわけだ。
巨額のドルを売って円を買うことになるので、当然円高ドル安になるというロジックで為替市場では円が急進し、対ドルで76円台まで達した。実際は、国内の保険会社は保険金支払いに耐えられる潤沢な資金を保有しており、外貨建て資産の大量売却は起こらなかった。
尚、大震災発生に乗じて投機筋主体で引き起こされた無秩序な円相場の急伸は憂慮され、日米欧主要国の中央銀行による協調為替介入(円売り介入)が速やかに実施されたことにより、円は震災発生前の水準である83円台まで急速に下落した。
その他、ギリシャ財政問題に端を発した欧州ソブリン危機が広がった2010年にも、世界的なリスク回避姿勢の強まりから円高が進行している。
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日本円が安全通貨となっている理由
筆者は、日本円が安全通貨となっている背景には、3つの大きな理由があると考えている。
1. デフレ通貨であること
デフレというのは、物やサービスの価格が持続的に下がる状態のことをいう。それは、裏を返せば通貨の価値が上がっていくことを意味する。つまり、以前より少ないお金で同じ物やサービスを買えるようになり、通貨の購買力は高まるということだ。
20年以上もデフレ状況が続く日本では、長きにわたり通貨が上昇し易い環境になっている。諸外国の投資家からすれば、世界経済において何か混乱やショックが起きた際は、購買力の下がりにくい日本円を買っておいた方が安心であるという心理が働くのだ。
2. 低金利国であること
日本は超低金利国である。日本銀行がゼロ金利政策を投入したのは今から17年も前のことだ。それ以降、ゼロ金利を解除したことが2度あったが、再び超低金利状態に戻り今ではマイナス金利を導入するに至った。
長期金利(10年物国債の利回り)はマイナス0.2%程度であり、米国長期金利1.5%台はもちろんのこと、日本同様にマイナス金利を導入している欧州の長期金利(10年物ドイツ国債利回り)よりも低いのが現状だ。
世界経済が平穏な時であれば、相対的に金利の低い通貨は売られて金利の高い通貨は買われる傾向にある。つまり、平時であれば円は他の主要通貨に対して売られ易く、円売り&高金利の外貨買い取引(いわゆる円キャリートレード)が行われ易いのだ。
ところが、一旦金融市場にショックが起きた時は、そのキャリートレードが巻き戻される。つまり、高金利通貨が売られて円が買い戻されるという取引が大量に発生する。恒常的に超低金利が続いている円が、リスク回避で買われる理由がここにある。
3. 世界最大規模の対外純資産があること
日本の企業や個人、政府などが保有する対外純資産(対外資産から対外債務を控除したもの)の合計は2015年末で339兆円と巨額で世界最大だ。
こういった対外資産は、国内外の経済に何らかの大きなショックが加わると、日本の投資家が大量に売って資金を日本へ引き上げるという行動が誘発され易いと考えられる。
つまり、海外に保有している外貨建て(主に米国ドル建て)の資産を売却して、その外貨を日本へ戻すという資金の本国回帰(いわゆるリパトリエーション)が起きるのだ。
日本が巨額の海外純資産を保有する債権大国であるが故に、自国通貨の円は事あるごとに買い戻されるという運命にある。
円の価値と信用
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それでは、金融危機や経済にショックが起きた時に、日本円が安全通貨として買われ易い状況は普遍的なこととして未来永劫続くのだろうか?
いくら何でも、日本円が将来にわたって安全通貨であり続けることはないだろう。近い将来、日本の財政状態が今よりさらに悪化して、円の信用が失墜し悪性のインフレが発生するような状況になれば円は安全通貨としての地位を失い、リスク回避で買われるようなことはなくなるだろう。
また、最近メディアで報道されている「ヘリコプターマネー」政策が万一導入されたら、円の価値と信用が一気に毀損されることも十分に起こり得よう。
ヘリコプターマネー政策とは
簡単に説明すると、中央銀行である日銀に政府が発行する国債を引き受けさせることで、意図的にインフレを喚起してデフレを脱却し景気回復を図る経済政策だ。
政府・日銀が一体となり、新たに発行した紙幣をヘリコプターからばらまく様なイメージで金融政策を実行するところからこう呼ばれる。もちろん、制御不能な悪性インフレという副作用が伴う危険な政策でもある。
日本円はもう暫く安全通貨だと考えたい
個人投資家にとっては、リスク回避で円高になるたびに投資損益が悪化するので心穏やかではないかもしれない。
しかし、投資目的以外で保有している「預貯金や自宅を含む不動産など大半の資産」を円建てで保有しているのであれば、円が安全通貨として世界の投資家から見なされていることは決して悪い話ではないだろう。
むしろ、日本円が安全通貨でなくなる時が来ることの方が恐ろしいのではないだろうか?
幸いにも、日本は経常収支が黒字であり、投資した海外企業や金融資産から多額の利息収入や配当金収入を企業や個人は受け取っている。
それらの外貨建ての収入は、金融市場でリスク回避姿勢が起きていようといまいと経常的に発生するものであり、常に一定規模の外貨売り&円買いの資金フローが存在している。
楽観的過ぎるかもしれないが、日本円はもう暫くは安全通貨としての地位を維持するものと筆者は考えている。(執筆者:完山 芳男)