
子どもの学校を変えたくないので、離婚後も家に残ると決める人は少なくありません。ただ、「ローンは夫が払い続ける」という夫婦の取り決めは、金融機関には効きません。債務者は名義人のままで、連帯保証人も離婚しただけでは抜けられません。住み続ける道は5つありますが、住宅ローンの契約に関わる部分は金融機関の確認なしには動きません。
家に残ると決めた40代女性に届いた1通の督促状
「離婚のときに、家のローンは夫が払い続けると約束したんです」
小学生の子ども2人と暮らす40代の女性は、法律相談の窓口でこう切り出したといいます。家は夫の名義で、住宅ローンも夫が組んだものでした。子どもの通学先を変えたくなかったので、家には自分と子どもが残り、夫が出ていく形で話がまとまったそうです。離婚協議書にも住宅ローンは夫が負担すると書き、署名を交わして離婚届を出しました。
ところが数年後、金融機関から自分あてに返済を求める書面が届きます。夫の側で転職と再婚が重なり、返済が止まっていました。宛名が自分になっていた理由は、住宅ローンを組むときに連帯保証人の欄へ署名していたからです。離婚協議書を見せて事情を説明しても、金融機関の答えは変わりませんでした。
離婚は夫婦の関係を終わらせる手続きです。金融機関との契約は、その外側にあります。ここを取り違えたまま家に残ると、住み始めて何年も経ってから、こうした形で表に出てきます。
離婚届で変わるものと、変わらないもの
夫婦の間で決めたことは、夫婦の間でしか効きません。民法762条1項は、夫婦の一方が婚姻前から有する財産と婚姻中に自己の名で得た財産は、その特有財産とすると定めています。夫の名で買い、夫の名で借りた家とローンは、離婚届を出しただけでは自動で名義が変わらず、ローンも夫の債務のままです。
債務者を夫から妻へ移すこと自体はできます。ただし民法472条は、免責的債務引受は債権者と引受人となる者との契約によってすることができ、また債務者と引受人が契約をして債権者が引受人に承諾をすることによってもできると定めています。つまり債権者である金融機関が入らないと成立しません。夫婦だけで「これからは妻が払う」と決めても、夫は債務を免れないままです。
連帯保証人はさらに動きません。民法446条1項により、保証人は主たる債務者が債務を履行しないときに履行する責任を負います。保証契約は金融機関と保証人との間の契約なので、離婚しても自動では消えません。しかも民法454条は、主たる債務者と連帯して債務を負担した保証人は催告の抗弁と検索の抗弁を持たないとしています。金融機関は夫へ先に催促する必要がなく、いきなり妻へ請求できるということです。
保証から抜けるには、代わりの保証人を立てるか、借り換えて元の契約ごと終わらせるかになります。どちらも金融機関の判断が入ります。
住み続けるための5つの道と、その分かれ目
住み続ける形は大きく5つに分かれます。分かれ目は2つで、金融機関が関わるかどうかと、妻が家の所有者になるかどうかです。

上の2つは、家も債務も夫のまま残ります。妻の収入や勤め先を問われない代わりに、夫の返済が止まれば家ごと失います。下の3つは妻が返済か賃料を引き受ける形なので、審査や売却の手続きを越えられれば、夫の事情から切り離せます。
最後の売って借りる形は、リースバックと呼ばれています。国土交通省は、住宅を売却して現金を得て、売却後は毎月賃料を支払うことで、住んでいた住宅に引き続き住むサービスと説明し、契約内容の理解が不十分なまま契約してしまうトラブルの例を挙げた消費者向けガイドブックを公表しています。売るには住宅ローンを完済して抵当権を抹消する必要があるため、残債と売却額の関係で使えないこともあります。
賃貸借契約が守れる相手と、守れない相手
夫と賃貸借契約を結ぶ形には、夫の一存で追い出されにくくなるという利点があります。借地借家法28条は、賃貸人からの更新拒絶の通知や解約の申入れには正当の事由が要るとしているためです。
ただ、この強さが及ぶ相手は夫までです。借地借家法31条は、建物の賃貸借は登記がなくても引渡しがあったときは、その後にその建物について物権を取得した者に対して効力を生ずるとしています。裏を返せば、引渡しより前から権利を持っている人には及びません。住宅ローンの抵当権はその家を買うときに設定されているので、離婚後に結んだ賃貸借は抵当権に対抗できないことになります。
夫の返済が滞って家が競売にかけられると、賃貸借は買受人へ主張できません。残るのは民法395条1項の猶予だけです。競売手続の開始前から住んでいた人は、買受人の買受けの時から6か月を経過するまでは、その建物を買受人に引き渡すことを要しないと定められています。ただし、買受人から買受け後の建物使用の対価について相当の期間を定めて1か月分以上の支払いの催告を受け、その期間内に支払わない場合、この猶予は使えません。引っ越し先を探す時間は与えられますが、住み続けられる仕組みではありません。
決める前に確かめる契約書と登記、そして控除
住宅ローンは、借りた本人が住む家のためのお金として貸されています。住宅金融支援機構のフラット35では、資金使途がお申込ご本人またはそのご親族の方がお住まいになる住宅の建設・購入資金とされ、第三者に賃貸する目的の投資用物件には利用できないと明記されています。実際に住んでいるかを、融資額残高証明書の郵送などで定期的に確認しているとも書かれています。民間の金融機関の条件は契約ごとに違います。手元の金銭消費貸借契約証書を開き、誰が債務者で、連帯債務者や連帯保証人がいるか、賃貸に出すことを認めているかを読んでから窓口に相談してください。
家の名義は法務局の登記事項証明書で確認します。住宅ローンの債務者と家の所有者は別々のもので、片方を変えても、もう片方は自動では変わりません。抵当権が誰のために付いているかも同じ書面で分かります。
税金の面も向きだけ押さえておきます。国税庁は、住宅借入金等特別控除等の適用要件として、取得した家屋を取得から6か月以内にその者の居住の用に供し、その年の12月31日まで引き続きその者の居住の用に供していることが必要としています。また、適用を受けていた人が家族と共にその家屋を居住の用に供しなくなった場合は、その年以降は適用を受けられないとしています。夫だけが家を出て妻や子が住み続けるケースは個別判断が必要ですが、その年から夫が住宅ローン控除を使えない可能性があります。手取りが減れば、払い続けるという約束の重さも変わります。
差押えのできる形にしておく取り決め
取り決めは必ず書面にします。ただし、書面ならどれでも同じというわけではありません。夫が払わなくなったときにすぐ動けるのは、強制執行認諾文言が入った公正証書だけです。民事執行法22条5号は、金銭の一定の額の支払などを目的とする請求について公証人が作成した公正証書で、債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載され、または記録されているものを債務名義に挙げています。これがあれば、あらためて裁判を起こさずに給与や預金の差押えへ進めます。当事者だけで作った離婚協議書に、この力はありません。
財産分与そのものにも期限があります。民法768条2項ただし書は、離婚の時から5年を経過したときは、家庭裁判所へ協議に代わる処分を請求できないとしています。この5年は令和8年4月1日に施行された改正で2年から延びたもので、裁判所は令和8年4月1日より前に離婚等をした場合は離婚した日の翌日から2年と案内しています。2年と書かれた古い説明を見かけたら、自分がどちらに当たるかを確かめてください。
最初に開くのは、契約書と登記事項証明書
離婚の話し合いで決まるのは、あくまで夫婦の間のことです。家に残ると決めたら、金銭消費貸借契約証書と登記事項証明書を開き、誰が債務者で、誰が保証人で、家は誰のものかを確かめるところから始めてください。そのうえで金融機関に相談し、決まったことは公正証書にしておきます。判断に迷うときは、弁護士や司法書士などの専門家に相談する方法もあります。


