
親が亡くなると銀行口座は凍結され、葬儀費用や当面の生活費を引き出せなくなることがあります。しかし、遺産分割が終わる前でも一定額を払い戻せる制度があることは、あまり知られていません。お盆で家族が集まるこの時期に知っておきたい制度と、今からできる備えを整理します。
相続の発生で口座が凍結される理由。引き落としも止まる
口座凍結とは、名義人が亡くなった際に、金融機関がその方名義の口座の取引を一時的に止めることです。金融機関が名義人の死亡を把握すると口座は凍結され、引き出しや振り込み、自動引き落としができなくなります。生活費やローンの返済、公共料金など、故人名義の定期的な支払いが止まる影響は小さくありません。
凍結の目的は大きく2つあります。1つ目は相続財産の保全です。故人名義の口座にある資金も相続財産に含まれるため、資産の動きを止めて守ることが、遺産を適切に引き継ぐための土台になります。
2つ目は相続トラブルの防止です。一部の相続人による早期の引き出しを防ぐことで、遺産分割が公平に行われる環境を保てます。逆にいえば、凍結前後に相続人の一人が勝手に資金を引き出すと、相続人間の争いの原因になるだけでなく、法的な問題に発展するおそれもあります。
相続税の納付期限は10ヵ月以内。遺産分割の難航が資金繰りを直撃
相続税の申告と納税の期限は、被相続人が死亡したことを知った日(通常の場合は死亡の日)の翌日から10ヵ月以内です(国税庁タックスアンサーNo.4205)。期限が土曜日、日曜日、祝日などに当たるときは、これらの日の翌日が期限とみなされます。遺産に占める不動産の割合が大きいと、手元の現金だけでは納税資金をまかなえない場合があります。本来なら故人の預貯金を充てたいところですが、口座が凍結されていれば自由には動かせません。
凍結の解除は、相続手続きの完了が基本です。そのため遺産分割協議がまとまらないと、通常の相続手続きによる口座全体の払い戻しは進めにくく、納税資金の準備に時間がかかりかねません。ただし、後述する払戻し制度や仮分割の仮処分を使えば、遺産分割前でも一定額の資金は確保できます。協議の長期化は相続人間のトラブルの火種にもなります。相続手続きを迅速に進めることが、資金繰りの面でも重要です。
口座凍結を解除する基本ルート。遺言書の有無と検認の正しい理解
凍結を解除する正攻法は、相続手続きを完了させて預貯金の名義変更や払い出しを行うことです。手続きの流れは、遺言書の有無によって変わります。
遺言書がある場合は、その内容に従って手続きを進めます。ここで誤解が多いのが家庭裁判所の検認です。検認は遺言の有効・無効を判断する手続きではありません。相続人に遺言の存在と内容を知らせるとともに、遺言書の形状や加除訂正の状態、日付、署名といった検認日現在の内容を明確にして、偽造・変造を防止するための手続きです。また、すべての遺言書に必要なわけではなく、公正証書遺言と、法務局で保管された自筆証書遺言は検認が不要です。
遺言書がない場合は、相続人全員の合意に基づく遺産分割協議を行います。協議がまとまったら、金融機関所定の書類を提出して名義変更や払い出しを進めます。必要書類は金融機関や状況によって異なるため、事前に取引先の金融機関へ確認しておくとスムーズです。
遺産分割前でも単独で使える預貯金の払戻し制度。上限は150万円
協議が長引く間も、葬儀費用や当面の生活費の支払いは待ってくれません。そこで使えるのが、民法909条の2に基づく遺産分割前の預貯金払戻し制度です。2019年7月1日に施行された法律上の制度で、遺産に属する預貯金債権に適用されます。
各相続人が単独で払い戻せる額には上限があります。相続開始時の預貯金債権額の3分の1に、その相続人の法定相続分を掛けた額までで、かつ同一の金融機関ごとに150万円が限度です。これを超える資金がどうしても必要な場合には、遺産分割の審判または調停を申し立てたうえで、他の共同相続人の利益を害しない限り、預貯金債権の仮分割の仮処分を受ける方策もあります。
注意点も2つあります。この制度で払い戻した預貯金は、遺産の一部の分割により取得したものとみなされるため、後の遺産分割では自分の取り分から差し引いて精算されます。また、相続放棄を検討している場合、払い戻した預金を自分のために使用するなど、相続財産を処分すると原則として単純承認とみなされ、放棄が認められなくなるおそれがあるため、事前に専門家へ相談すると安心です。

それでも納税資金が足りないとき。延納・物納という法定の選択肢
払戻し制度を使っても、期限までに相続税を金銭で一括納付できない場合があります。そのときの法定の選択肢が延納と物納です。延納は、相続税額が10万円を超え、金銭で納付することを困難とする事由がある場合に、その納付を困難とする金額の範囲内で、原則として担保を提供したうえで年賦(年払い)により納付する方法です。延納税額が100万円以下で、かつ延納期間が3年以下の場合には担保は不要です。延納期間中は利子税がかかります(国税庁タックスアンサーNo.4211)。
延納によっても金銭で納付することを困難とする事由がある場合には、納税者の申請により、その納付を困難とする金額を限度として、一定の相続財産そのもので納める物納が認められています(同No.4214)。いずれも延納・物納しようとする相続税の納期限または納付すべき日までに、申請書に関係書類を添付して税務署へ提出し、許可を受ける必要があります。資金不足が見込まれるなら早めに検討しましょう。
口座凍結に備える生前の対策。生命保険は凍結の影響を受けない
備えの第一歩は、取引銀行の把握です。どの金融機関と取引しているか、通帳や印鑑の保管場所はどこかを家族が知っておくだけで、死後の手続きの初動が大きく変わります。あわせて、遺産の分け方や各自の意向について生前に話し合っておくことも、協議の長期化を防ぐうえで有効です。とくに不動産など、感情的な価値も大きい財産は事前の協議が重要になります。
生命保険の活用も選択肢です。死亡保険金は原則として受取人固有の財産となり、遺産分割の対象外となるため、口座凍結の影響を受けずに受け取れます。納税資金や当面の生活費の確保という点で、凍結対策として理にかなった仕組みです。
ただし税務上の扱いには注意が必要です。被相続人が保険料を負担していた死亡保険金は、みなし相続財産として相続税の課税対象になります(国税庁タックスアンサーNo.4114)。受け取ったお金がまるごと非課税になるわけではありません。受取人が相続人(相続放棄をした人や相続権を失った人を除きます)である場合に限り「500万円×法定相続人の数」の非課税限度額が適用され、相続人以外が受け取った死亡保険金にはこの非課税の適用がありません。ここでいう法定相続人の数は、相続放棄をした人がいても放棄がなかったものとして数え、算入できる養子の数には制限があります。受取人の指定は、この点も踏まえて検討しましょう。
最後に、遺言書の作成です。故人の意思が明確に残っていれば、遺産分割協議の長期化や相続人間の誤解を防ぎやすくなります。ただし方式に不備があると無効になるリスクがあるため、作成にあたっては公的な制度や専門家の助言を活用し、確実な形で残すことが大切です。
凍結と納税は、知っているかどうかで差がつく
口座凍結は、相続財産を守るための仕組みである一方、備えがなければ生活費や納税資金の確保を難しくします。遺産分割前でも払戻し制度で一定額まで単独で引き出せること、生命保険金は凍結の影響を受けないことを知っているだけで、いざというときの選択肢は大きく広がります。親族が顔を合わせる機会に、取引銀行の把握や遺言書の話から始めてみてはいかがでしょうか。


