
給与が入らなくなり、預金残高が少しずつ減っていく。退職後に、そんな不安を感じる人は少なくありません。老後資金の取り崩し方には、「定額」「定率」「必要額」という主な3つの方法があります。それぞれの違いと、家計に合った方法を選ぶポイントを確認します。
退職金が入っても、減っていく残高が怖かった60代夫婦
「毎月の赤字を補うたび、通帳の数字が減るのが怖いんです。」定年退職した60代の夫婦は、退職金を受け取ってひと息ついたものの、ほどなく別の不安を抱えるようになりました。給与が入らなくなり、生活費を補うために預金を引き出す生活が始まったからです。
夫婦には預貯金のほか、証券口座の運用資産と確定拠出年金がありました。しかし、どれを先に使うべきか、公的年金をいつから受け取るかは決めていませんでした。預金残高だけを見て心配する一方、運用資産は値下がりが怖くて手を付けられず、家計全体を見渡せていなかったのです。
そこで夫婦は、資産を商品名で並べるのをやめ、「受取時期を選べるか」「値動きがあるか」「税や手数料がかかるか」という役割で整理しました。取り崩しに絶対の順番はなく、契約内容や家計によって答えが変わると分かったことで、ようやく計画を立てられるようになりました。
最初に決めるのは、資産の順番より毎月の不足額
取り崩し計画の出発点は、資産残高ではなく家計の収支です。公的年金などの定期収入と生活費を比べ、毎月いくら不足するのかを確認します。住宅修繕や医療、家電の買い替えなど、毎月は発生しない支出も別枠で見積もっておくと、日常生活に使える金額を把握しやすくなります。
次に、保有資産を「近く使うお金」と「当面使わないお金」に分けます。近く使うお金まで値動きのある資産に置くと、相場が下がった時期に売却せざるを得ないことがあります。一方、資産をすべて預貯金に移せば、運用を続ける選択肢を手放すことになります。
安全資産を何年分持つべきかという一律の基準はありません。夫婦の支出、健康状態、住まいの修繕予定、受け取れる保障などによって必要額は変わります。まず使う予定が見えているお金を分け、残りをどの程度運用し続けられるか考えるのが現実的です。
定額・定率・必要額、3つの取り崩し方
運用資産の取り崩し方は、主に定額、定率、必要額の3つに整理できます。それぞれの特徴を比べると、家計に合う方法を選びやすくなります。

どの方法が常に有利とはいえません。定額は生活費に充てやすい反面、相場が下がったときにも同額を売ることになります。定率は残高に連動するため、資産を一度に使い切りにくいものの、受け取れる金額が安定しません。
60代夫婦は、毎月の不足額には必要額方式を使い、旅行や住宅修繕などの臨時支出はその都度判断することにしました。これは一般的な正解ではなく、家計に合わせた一例です。生活費を一定に保ちたい場合と、資産残高を重視する場合では、選ぶ方法も変わります。
公的年金と確定拠出年金は、同じ「繰下げ」ではない
公的年金と確定拠出年金は、いずれも受給開始時期を選べますが、仕組みは異なります。公的年金の老齢基礎年金と老齢厚生年金は、原則65歳で受け取らず、66歳以後75歳まで繰下げ受給を選べます。繰下げによる増額率は1か月当たり0.7%で、増額率は生涯変わりません。
ただし、繰下げが誰にとっても有利とは限りません。健康状態や税、社会保険料、加給年金額、在職中の支給停止、つなぎに使う資産なども判断材料になります。年金額だけでなく、待っている間の生活費まで含めて検討する必要があります。
一方、企業型確定拠出年金とiDeCoの老齢給付金は、原則60歳から75歳に達するまでの間で受給開始時期を選択します。ただし、60歳から受け取るには通算加入者等期間が10年以上必要で、10年未満の場合は期間に応じて受給開始可能年齢が61~65歳に後ろ倒しになります。60歳以降に初めて加入した場合は、加入日から5年を経過した日以後に受給できます。年金または一時金で受け取れるか、手数料がいくらかは規約やプランで異なります。一時金は退職所得控除、年金は公的年金等控除の対象ですが、勤務先の退職金やほかの所得も関係するため、「一時金のほうが得」と一律には決められません。
NISA口座で取得した対象商品の売却益や配当・分配金は、原則として非課税です。ただし、上場株式などの配当を非課税にするには、証券会社を経由して受け取る株式数比例配分方式を選ぶ必要があります。投資した商品には値下がりや元本割れの可能性もあるため、公的年金、確定拠出年金、NISAを制度名だけで順位付けせず、受取条件と家計への影響を個別に確認しましょう。
預金の保護範囲を知り、見直す日を決める
生活に近いお金を預貯金に置く場合は、預金保険制度の範囲も確認します。利息の付く普通預金や定期預金などの一般預金等は、1金融機関につき預金者1人当たり元本1,000万円までと破綻日までの利息等が保護されます。無利息などの要件を満たす決済用預金は全額保護です。
資産を複数の口座に分けただけでは、同じ金融機関なら合算されます。預金額が大きい場合は、夫婦それぞれの名義や金融機関ごとの残高を一覧にし、保護範囲と使い道を確認しておくと管理しやすくなります。
取り崩し計画は一度作って終わりではありません。ただし、見直し頻度にも一律の正解はないため、誕生月や年金の通知が届く時期など、夫婦が確認しやすい日を決めておく方法があります。家計の不足額、近く使うお金、運用資産の残高を同じ順番で見れば、相場の動きだけに振り回されにくくなります。
老後資金は「何から使うか」より役割分け
老後資金には、誰にでも当てはまる取り崩し順序はありません。まず家計の不足額を確かめ、近く使うお金と当面使わないお金を分けます。そのうえで年金の受給条件、税、手数料、値動きの有無を確認しましょう。残高への不安を減らす第一歩は、資産を減らさないことではなく、使う目的を決めることです。


