
円安や物価高を背景に、「物価の安い国なら、老後もゆとりを持って暮らせるのでは」と考える人もいるでしょう。ただ、かつて移住先として人気を集めたフィリピンやマレーシアでは、長期滞在制度が見直され、まとまった預託金や定期預金、住宅購入などを求められるケースがあります。古い情報のまま計画すると、想定していた資金では足りないことも。最新の公式要件をもとに、海外移住に必要な費用を家計目線で整理します。
海外移住の費用はビザ・渡航・住居・当面の生活費で決まる
海外移住にかかる費用は、ビザの取得費用、渡航費用、住居の契約費用、当面の生活費の 4 つが柱になります。総額は移住先の国と選ぶビザによって大きく変わるため、まず「どのビザで滞在するか」から考えるのが出発点です。退職者や年金受給者を対象としたリタイアメントビザは、老後の海外移住では定番の選択肢です。
一方で、各国のビザ要件はここ数年、厳しくなる方向での見直しが続いています。たとえばヨーロッパのラトビアでは、不動産取得による滞在許可の要件として、リガやユルマラなどでは総額 25 万ユーロ以上の一体の不動産の所有が求められ、初回の一時滞在許可の取得時には購入額の 5%を国庫に納付します(2016 年 7 月 1 日施行の現行制度・2026 年 7 月時点の公式案内)。フィリピンやマレーシアも財務要件が引き上げられており、「アジアならビザが取りやすい」という数年前の感覚は通用しません。
フィリピン SRRV は 40 歳以上から・預託金は最大 5 万米ドル
フィリピンの退職者向けビザ「SRRV」は、退職庁(PRA)が 2025 年 8 月に公表した拡充版プログラムが現行の枠組みです。主申請者は 40 歳以上が要件で、以前のように 35 歳から申請することはできません。現行のオプションは SRRV Classic と SRRV Courtesy(外国人向け・元フィリピン人向け)に整理され、かつての SMILE や HUMAN TOUCH は一覧から姿を消しました。
中心となる SRRV Classic の預託金は、2025 年 9 月改訂の申請手引によると、年金を受給していない人が 40~49 歳で 5 万米ドル、50 歳以上で 3 万米ドルです。年金受給者は 40~49 歳で 2 万 5,000 米ドル、50 歳以上で 1 万 5,000 米ドルと低くなりますが、単身で月 800 米ドル以上、家族帯同で月 1,000 米ドル以上の年金証明が必要になります。
なお預託金は主申請者と扶養 2 名までを含む額で、扶養 3 人目以降は 1 人につき 1 万 5,000 米ドルの追加預託が必要です。このほか、申請料として主申請者 1,500 米ドル、配偶者・扶養家族 1 人につき 300 米ドルがかかります。取得後も年会費 360 米ドル(主申請者と扶養 2 名まで含む・3 人目以降は 1 人 100 米ドル追加)が毎年発生します。
マレーシア MM2H は標準 3 カテゴリ+SEZ/SFZ 枠・定期預金と住宅購入が必須
マレーシアの長期滞在プログラム「MM2H」は 2024 年に大きく改定されました。現行の公式サイトでは、Platinum・Gold・Silver に加えて Special Economic Zone/Special Financial Zone(SEZ/SFZ)枠を含む 4 カテゴリが案内されています。ここでは、まず標準枠である Silver・Gold・Platinum の 3 カテゴリを整理します。標準 3 カテゴリでは、かつての金融資産証明や月収証明は要件から消え、海外収入の要件も廃止されました。代わりに、米ドル建ての定期預金と、承認後のマレーシア国内での住宅購入が義務になりました。

購入した住宅は 10 年間売却できません。定期預金は、公式のカテゴリ概要資料では「1 年後から」、ガイドラインや各カテゴリ詳細ページでは「参加承認後」と案内が分かれています。いずれも国内での住宅購入・教育・医療・観光活動を目的に元本の最大 50%まで引き出せる点は共通しているため、引き出し可能時期は申請前に最新の個別要件で確認してください。就労が認められるのは Platinum のみで、Silver と Gold では認められていません。このほか標準 3 カテゴリは申請者が 25 歳以上です。公式サイトの概要・ガイドラインでは、最低滞在日数は 25~49 歳が年間累計 90 日以上、50 歳以上は最低滞在日数なしと案内されています。ただし各カテゴリ詳細ページや規約 PDF には「年間 90 日」の記載もあるため、申請前に最新の個別要件を確認してください。承認後は指定医療機関での健康診断も必須です。
このほか、ジョホール州の特別経済区枠(SEZ/SFZ)は定期預金が 21~49 歳で 6 万 5,000 米ドル、50 歳以上で 3 万 2,000 米ドルと低い一方、フォレストシティでの住宅購入が必須です。
出発前の下調べと日本側の手続き
移住先を絞り込む段階では、治安・気候・医療・物価の下調べが欠かせません。治安は外務省の海外安全ホームページ、医療は外務省の「世界の医療事情」、気候は気象庁の「世界の天候」で確認できます。海外では医療制度や外国人の保険適用は国・滞在資格で異なり、日本と同じ自己負担とは限らないため、医療費が高額になりやすい点に注意が必要です。
日本側の手続きの起点は、市区町村への住民票の海外転出届です。1 年以上海外に移り住む場合、転出届を出すと国民健康保険の資格を失い、脱退の届出が必要になります。介護保険も資格を失い、国民年金は任意加入を選べる扱いに変わります。健康保険および厚生年金保険は、適用事業所に勤務する限り、国内住所の有無を問わず加入します(社会保障協定の対象国では、就労状況や派遣期間に応じて二重加入を防ぐ手続きがあります)。
車を運転する予定があるなら、国外運転免許証の交付申請も済ませておきましょう。有効な日本の運転免許を持つ人が運転免許センターなどで取得でき、有効期間は発行から 1 年(更新制度なし)、ジュネーブ条約締約国でのみ有効です。長期滞在では現地免許の取得が必要になる国もあります。入国に特定の予防接種や健康診断を求める国もあり、厚生労働省検疫所のホームページで確認できます。たとえばフィリピン SRRV は、必要書類の受領後 30~45 営業日が処理期間とされているため、ビザ申請は余裕を持って進めましょう。
生活費が安く済むメリットと、あてが外れるリスク
海外移住の大きな魅力は、国によっては生活費を抑えられる可能性があることです。総務省の家計調査報告(2025 年平均)によると、日本の 65 歳以上・夫婦のみの無職世帯の消費支出は月 26 万 3,979 円で、年金収入だけではゆとりが出にくい水準です。物価の安い国なら、同じ年金額でも暮らしに余裕が生まれるかもしれません。
ただし、現地の生活費相場は都市や暮らし方で大きく変わるため、うのみにせず現地の最新情報で確かめる必要があります。経済成長が続く国では物価が上昇し、移住当初の生活費計画が崩れる可能性もあります。さらに、ビザには預金額などの経済的条件が設けられており、要件そのものが後から見直されるリスクもあります。実際にマレーシアの MM2H は 2021 年に要件が厳格化され、2024 年以降は標準 3 カテゴリに SEZ/SFZ 枠を加えた制度へ再改定された経緯があります。最新の発給要件は、各国の大使館・総領事館や公式サイトで必ず確認しましょう。
移住資金のつくり方とリースバックという選択肢
預託金や定期預金に渡航費・住居費・当面の生活費を合わせると、海外移住にはまとまった資金が必要です。数年単位のスケジュールを描き、貯蓄に資産運用を組み合わせて計画的に準備していくのが現実的でしょう。
持ち家がある人は、自宅を売却して資金に充てる方法もあります。ただ通常の売却では住まいを失うため、一時帰国時の拠点を残したい人には「リースバック」という仕組みも選択肢になります。自宅を売却して一括で現金を受け取ったあとも、賃貸として同じ家に住み続けられるサービスです。固定資産税の負担がなくなり将来の再購入もできる一方、所有権が買い手(不動産会社など)に移り、名義が変わることと毎月の家賃が発生する点はデメリットとして押さえておきましょう。
最新の公式要件で立て直す資金計画
海外移住の費用は、ここ数年でビザ要件とともに大きく様変わりしました。フィリピンもマレーシアも財務要件は引き上げの方向にあり、古い情報のまま計画すると出発点から狂ってしまいます。まずは候補国の公式情報で最新の要件を確かめ、預託金や定期預金に生活費の余裕分を上乗せした資金計画を立てましょう。資金づくりには資産運用やリースバックの活用も選択肢になります。焦らず下見を重ね、自分に合う移住先をじっくり見極めてください。


