
引きこもりや就労の難しい子を残して自分が先に亡くなることを考えると、「この子は生活していけるだろうか」と不安になる方は少なくありません。
備えとして思い浮かぶのが遺言ですが、それだけで十分とは限りません。財産を誰に渡すかを決める「遺言」、財産管理を支える「成年後見」、財産の渡し方を設計する「信託」では役割が異なります。
まず、遺言書にはどのような種類があり、何が違うのかを整理します。
財産を「渡すこと」と「その後の暮らし」の両方を考える
親が元気なうちは、自分がいなくなったあとの子の暮らしを具体的に思い描くのは、なかなか難しいものです。とくに、引きこもりの状態が続いていたり、就労が難しかったりする子がいる家庭では、「自分の財産をどう残すか」だけでなく「残したお金で子が暮らしを続けられるか」までを見据えておく必要があります。
備えの柱は大きく2つに分けて考えると整理しやすくなります。1つは、財産を狙いどおりの相手へ確実に引き継ぐ仕組みです。もう1つは、引き継いだあとの財産を、子本人が管理しきれない場合に支える仕組みです。前者には遺言が、後者には成年後見や信託的な仕組みが関わってきます。
どれか1つで足りるわけではなく、家庭の事情に応じて組み合わせて考えるのが現実的です。ここからは、それぞれの制度がどんな役割を持つのかを順に見ていきます。
遺言書の3つの種類と、確実に残すための保管制度
財産を特定の子へ確実に渡したいときに、まず検討したいのが遺言書です。遺言書には、自筆証書遺言・公正証書遺言・秘密証書遺言の3つの種類があります(民法967条ほか)。
自筆証書遺言は、財産目録を除く全文・日付・氏名を自書して押印する方式です(民法968条)。財産目録は、各ページ(両面に記載がある場合は両面)に署名押印すれば、パソコンなどで作成することもできます。手軽に作れる一方で、形式の不備で無効になったり、保管中に紛失や書き換えのおそれがあったりする点に気をつけたいところです。公正証書遺言は、公証人が証人2名の立ち会いのもとで作成する方式です。原本は、紙で作成された場合は公証役場に、電磁的記録で作成された場合は日本公証人連合会が運営するシステムに保管されます。一定の事情があり、公証人が相当と認めた場合には、ウェブ会議で公証人と面談して作成することも可能です(民法969条、日本公証人連合会)。秘密証書遺言は、内容を記した書面を封印し、公証人と証人2名の前で自分の遺言であることを示す方式です。
亡くなったあと、遺言書は原則として家庭裁判所の検認を受けます。検認は、相続人に遺言書の存在と内容を知らせ、形状や日付、署名などを明確にして偽造や変造を防ぐための手続きで、遺言が有効か無効かを判断するものではありません。ただし、公正証書遺言と、法務局に保管された自筆証書遺言については検認が不要です。
その法務局の保管制度が、自筆証書遺言書保管制度です。2020年7月10日から始まった制度で、自筆証書遺言を法務局(遺言書保管所)に預けられます。申請できるのは、遺言者の住所地・本籍地・所有する不動産の所在地のいずれかを管轄する遺言書保管所です。紛失や書き換えの心配が減り、相続開始後の検認も不要になります。

特定の子に多く遺すときに気をつけたい遺留分
引きこもりの子に手厚く財産を残したいと考え、「その子にすべてを相続させる」といった遺言を作ることもできます。ただし、ここで見落としやすいのが遺留分です。
遺留分は、相続人に法律上保障された最低限の取り分です。兄弟姉妹以外の相続人に認められており、遺留分の総額は相続財産の2分の1(直系尊属だけが相続人のときは3分の1)です。各相続人が実際に受け取れるのは、この総額に自分の法定相続分を掛け合わせた割合になります(民法1042条)。
ここで読み方に注意したいのが、「兄弟姉妹には遺留分がない」というルールです。この兄弟姉妹とは、あくまで亡くなった人からみた兄弟姉妹を指し、子どうしのきょうだいのことではありません。たとえば親に複数の子がいる場合、どの子も第1順位の相続人であり、それぞれに遺留分があります。引きこもりの子に全財産を遺す内容の遺言でも、ほかの子は自分の遺留分を主張できるのです。
遺留分を侵害する遺言そのものは有効ですが、侵害された相続人は、遺言で多く受け取った人に対して、遺留分に相当する金銭の支払いを請求できます。あとで子どうしの争いに発展させないためには、ほかの子の遺留分に配慮した配分を考えたり、なぜそうした配分にするのかという思いを遺言に書き添えたりといった工夫が役立ちます。
子の判断や暮らしを支える成年後見制度
財産を無事に引き継げても、子本人がその管理を一人で担えるとは限りません。判断能力が十分でない場合に、本人を法律面から支えるのが成年後見制度です。
すでに判断能力が低下している場合に使うのが法定後見で、程度に応じて後見・保佐・補助の3つに分かれます。判断能力が欠けているのが通常の状態の方には後見人、著しく不十分な方には保佐人、不十分な方には補助人がつき、いずれも家庭裁判所が選任します。財産の管理や契約を本人に代わって、あるいは本人を助けながら行い、不利な契約や不用意な散財から本人を守る役割を担います。
一方、本人にまだ判断能力があるうちに、将来に備えて使えるのが任意後見制度です。誰に支援してもらうか、どこまでの権限を任せるかを、本人があらかじめ契約で決めておきます。その契約は、実際に判断能力が低下し、家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時点で効力を持ちます。親が元気なうちに、子の将来の支え手を準備しておける選択肢といえます。
財産の渡し方を柔らかく設計する信託的な仕組み
もう1つの選択肢が、財産の管理を信頼できる人に託す信託的な仕組みです。いわゆる家族信託(民事信託)と呼ばれるもので、財産を託す人・管理する人・利益を受け取る人を定め、あらかじめ決めたルールに沿って財産を管理し、給付していきます。
たとえば、親が元気なうちに財産を管理する人を決めておき、親亡きあとは子の生活費として定期的に渡していく、といった設計が考えられます。まとまった財産を一度に渡すのではなく、必要に応じて少しずつ渡す形にできるため、子が管理しきれずに使い果たしてしまう事態を防ぎやすくなります。成年後見が本人の判断能力を補うことに主眼を置くのに対し、こうした仕組みは財産の渡し方そのものを柔軟に設計できる点に特徴があります。
どの仕組みも、契約の内容や税務の扱いが個々の事情で変わってきます。設計を誤ると狙いどおりに機能しないこともあるため、利用を考えるときは専門家に相談しながら進めるのが安心です。
わが子に合った備えは、早めの準備から
引きこもりや就労の難しい子を守るには、財産を確実に渡す備えと、渡したあとの暮らしを支える備えの両方が要ります。誰に何を残すかは遺言で、判断能力の支えは成年後見で、渡し方の工夫は信託的な仕組みで、と役割が分かれています。特定の子に手厚く遺すなら、ほかの子の遺留分への配慮も欠かせません。どれが合うかは家庭ごとに違います。弁護士や司法書士、税理士などの専門家に早めに相談し、無理のない形を選びましょう。


