
敬老の日に実家へ顔を出し、認知症と診断された親の遺言をどうするか考え始めた人もいるでしょう。診断が出た以上もう無理だと思いがちですが、民法が見るのは診断名ではなく、遺言をする時に自分で決める力があったかどうかです。その力を後から示せるよう、親子で今できることを押さえておきましょう。
80代の母親に認知症の診断が出て、遺言を諦めかけた50代の子の迷い
「母に認知症の診断が出ました。本人は『財産は自分で決めておきたい』と言うのですが、今から遺言を作っても後で無効と言われるのではと動けずにいます。」母親と同居する50代の会社員は、そう打ち明けます。診断名だけで諦めるのは早く、法律が見るのは遺言をする時の力です。
民法963条が求めるのは、遺言をする時に内容を自分で理解して決める力があることです。診断の有無で一律に線を引かず、遺言をしたその時に力があったかを個別に見る仕組みです。
15歳からできる遺言。法律上、医師の立会いが要るのは成年被後見人だけ
遺言は、遺言をする時にその能力があれば、15歳から、親などの同意なしに自分でできます(961条・962条・963条)。法律上、医師の立会いが求められるのは、後見開始の審判を受けた成年被後見人だけです。判断する力を一時的に回復した時に、医師二人以上の立会いのもとで遺言をし、立ち会った医師が、遺言をする時に判断する力を欠く状態になかった旨を遺言書に付記します(973条)。被保佐人・被補助人は、保佐人・補助人の同意の規定が遺言には適用されず(962条)、自分の意思で遺言でき、医師の立会いも求められていません。

公正証書遺言と記録で、その時の力を残す
備えの第一は公正証書遺言です。公証人が遺言者から遺言の趣旨を直接聞き取り、証人二人以上の立会いのもとで作ります(969条)。日本公証人連合会は、公証人が遺言者の真意であることを確認した上で、文章にまとめると案内しています。公証役場に出向けなければ、公証人が自宅や病院などに出張する形もあります。
子は推定相続人なので証人にはなれず(974条)、証人選びから外します。子が動けるのは前段取りで、主治医にその時の状態を診断書にしてもらい、遺言に至った経緯や当日のやり取りを日付つきで記録しておくと、遺言をした時の力を後から示す材料になります。
有効か無効かを最後に決めるのは裁判所
診断書や公正証書はその時の力を示す材料で、争いになれば遺言無効確認の訴えなどの裁判で、遺言をした時の遺言能力の有無を裁判所が個別に判断します。京都地方裁判所の平成13年10月10日判決は、認知症(判決文では「痴呆」)の症状が相当進んでいた高齢の遺言者の公正証書遺言について、症状の程度のほか、遺言に至った経緯、作った時の状況、内容の複雑さを合わせて見て、遺言能力があったと認めました。
親の遺言を諦める前に、その時の力を残す段取りを
認知症の診断があっても、遺言の可否はその時の力で決まり、最後に判断するのは裁判所です。残す側にできるのは、本人の力がある時を逃さず、公証役場と主治医に相談し、公正証書遺言と診断書、当日の記録で力を形にすることです。本人が決めたいと言う今が動く時です。


