
別居したのだから生活費は自分の裁量、と考える人がいます。ですが民法760条に、同居している間に限るという限定はありません。婚姻が続く限り分担の義務は残り、取り決めを守らなければ、給料は通常の差押えの上限を超えて半分まで届きます。別居中のお金は、感情ではなく手続きで動きます。
別居3か月で生活費の振り込みが止まった30代女性
「来月から少し待ってほしい、と言われたきりなんです」
小学生の子どもと暮らす30代の女性は、自治体の無料法律相談でこう切り出したといいます。別居を始めるとき、生活費は毎月決まった日に振り込むと口頭で約束していました。最初の2か月は約束どおりに入金があり、3か月目から止まったそうです。
理由を尋ねると、転職して手取りが下がった、そちらも働いているだろう、という返事でした。別居すれば相手の収入とは切り離されるものだと思っていた、と女性は話しています。相談窓口で言われたのは反対のことでした。婚姻が続いている限り、生活費を分担する関係は終わっていません。ただし口頭の約束しか残っていない状態では、相手の給料に手を伸ばす手続きへ進めません。
別居は、夫婦の関係を終わらせる手続きではありません。取り違えたまま連絡だけを繰り返すと、払われない月が積み上がる一方で、取り立てに使える書面は1枚も増えません。
別居していても消えない分担の義務
民法760条は「夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する」と定めています。この条文に、同居している間に限る、という限定はありません。752条も「夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない」としています。婚姻が続いている間は、収入の多い側が少ない側の生活費を分担する関係が残る、というのが条文の立て付けです。
いくら分担するのかについて、条文が書いているのは「その資産、収入その他一切の事情を考慮して」というところまでで、金額の決め方までは書かれていません。まずは夫婦の話し合いで決め、まとまらなければ家庭裁判所へ持ち込む流れになります。
話し合いから差押えまでの5つの段階
順路を先に見ておくと、どこで止まっているのかが分かります。裁判所は、別居中の夫婦の間で費用の分担について話し合いがまとまらない場合には、家庭裁判所に調停又は審判の申立てができると案内しています。調停の申立先は相手方の住所地の家庭裁判所、または当事者が合意で定める家庭裁判所です。費用は収入印紙1200円分と連絡用の郵便切手で、切手の額は裁判所ごとに異なります。

調停で合意できなくても、そこで終わりにはなりません。家事事件手続法272条4項は、別表第二に掲げる事項についての調停事件が不成立で終了した場合には、調停の申立ての時に審判の申立てがあったものとみなすと定めています。婚姻費用の分担に関する処分は、その別表第二の二の項に挙がっています。あらためて申し立て直さなくても審判へ移る、ということです。
取り決めができたのに払われないときに使うのが、履行勧告と履行命令です。家事事件手続法289条1項は、権利者の申出があるときは、家庭裁判所が義務の履行状況を調査し、義務者に対して履行を勧告できるとしています。裁判所は、履行勧告の申出は取決めの手続をした家庭裁判所に対して行うこと、手続に費用はかからないこと、そして勧告に応じない場合に履行を強制することはできないことを案内しています。
一段強いのが履行命令です。290条1項は、財産上の給付を目的とする義務の履行を怠った者がある場合において、相当と認めるときは、権利者の申立てにより、相当の期限を定めて履行を命ずる審判ができるとしています。裁判所が相当と認めることが前提なので、申し立てれば必ず出るものではありません。そして同条5項が、命じられた者が正当な理由なくその命令に従わないときは、家庭裁判所は10万円以下の過料に処すると定めています。
給料に届く範囲が広がる2つの特例
差押えまで進むと、婚姻費用は通常の取り立てとは条件が変わります。変わるのは金額の上限と、対象になる期間の2つです。
まず上限です。民事執行法152条1項は、給料、賃金、俸給などの債権について「その支払期に受けるべき給付の四分の三に相当する部分」は差し押さえてはならないとしています。裏返せば、通常は四分の一までしか差し押さえられません。ところが同条3項は、151条の2第1項各号に掲げる義務に係る金銭債権を請求する場合には、「四分の三」を「二分の一」と読み替えると定めています。婚姻費用の分担義務は151条の2第1項2号に挙がっているので、給料の半分まで届くことになります。
なお152条1項には括弧書きがあり、四分の三に相当する額が、標準的な世帯の必要生計費を勘案して政令で定める額を超えるときは、政令で定める額に相当する部分が差押禁止になります。給与が高い場合には、守られる範囲が割合ではなく定額で決まる、という趣旨です。
2つ目は期間です。民事執行法151条の2第1項は、確定期限の定めのある定期金債権について、その一部に不履行があるときは、確定期限が到来していないものについても債権執行を開始できるとしています。婚姻費用の分担義務は同項2号です。1回でも滞れば、まだ支払日が来ていない先々の分まで、まとめて手続きに乗せられます。ただし同条2項により、差し押さえられるのは、各定期金の確定期限が到来した後に弁済期が来る給料その他の継続的給付に係る債権に限られます。
申立先も押さえておきます。差押えの手続は家庭裁判所ではありません。民事執行法144条1項は、債権執行について債務者の普通裁判籍の所在地を管轄する地方裁判所が執行裁判所として管轄すると定めています。
収入が減ったときの決め直しの入口
思うように払えなくなる事態は、現実に起こります。ただ、自分の判断で振り込みを止めても、取り決めそのものは動きません。額を下げたいときの入口は最初と同じで、婚姻費用の分担に関する処分を家庭裁判所に申し立て、事情を出して決め直してもらう形になります。
相手の側に落ち度がある、請求が多すぎる、といった主張も同じ場所で出します。民法760条が挙げているのは「その資産、収入その他一切の事情」で、どの事情がどれだけ効くかの基準までは条文にありません。裁判所も、審判では裁判官が必要な審理を行ったうえ、一切の事情を考慮して判断すると案内しています。
払わないまま放置すると、話は婚姻費用だけでは収まらなくなります。民法770条1項は裁判上の離婚を求められる場合を4つ挙げており、その2号が「配偶者から悪意で遺棄されたとき」です。どういう事情がこれに当たるのかは条文に書かれていないので、不払いが直ちに該当すると言い切ることはできません。それでも、離婚の場面で持ち出される材料が1つ増えることになります。
先に確かめるのは、手元に残っている書面
差押えまで進めるかどうかは、手元の書面で決まります。家事事件手続法75条は給付を命ずる審判が執行力のある債務名義と同一の効力を持つとし、268条1項は調停の調書の記載に確定した審判と同一の効力を認めています。強制執行認諾文言の付いた公正証書も同じ役目を果たします。口頭の約束やメールだけでは、この段階に進めません。迷ったら家庭裁判所の窓口や弁護士などの専門家に相談してください。


