
親の預金や実家の名義をどうするかという話になると、家族信託という言葉が必ず出てきます。ところが信託法にも信託業法にも、この四文字は一度も書かれていません。呼び名だけが増えたぶん、成年後見や遺言との境目は見えにくくなりました。線を引いているのは制度の名前ではなく、任せられる中身のほうです。
条文にあるのは「信託」という枠ひとつ
信託法の全文を検索しても、家族信託という語も民事信託という語も出てきません。信託業法でも同じです。条文が置いているのは「信託」という一つの枠と、そこに登場する三者の役割だけです。
その三者は、財産を託す委託者、預かって管理する受託者、利益を受け取る受益者です(信託法2条4項から6項)。受託者がすべきことは、一定の目的に従った財産の管理や処分と、その目的の達成に必要な行為だと定められています(同2条1項)。
引き受ける人によって当てはまる条文が変わるわけではありません。家族が受託者になる形を、実務が家族信託と呼んでいるだけです。
呼び分けの基準は、営業として引き受けるかどうか
商事信託との差を決めているのは信託業法です。同法は信託の引受けを行う営業を「信託業」と定義し(2条1項)、信託業は内閣総理大臣の免許を受けた者でなければ営めないとしています(3条)。委託者の指図だけで管理する管理型信託業に限っては、免許ではなく登録で営むことができます(7条1項)。
分かれ目は、営業として引き受けるかどうかの一点です。信託銀行が商品として引き受けてきた貸付信託や年金信託が商事信託にあたり、家族が受託者になる形は、営業として引き受けるのでない限り免許も登録も要りません。報酬の有無や親族かどうかで分かれるわけではないのです。
財産の外側まで届くのは後見のほう
成年後見人は、本人の生活、療養看護および財産の管理に関する事務を行うと定められています(民法858条)。法務省はこれを財産管理と身上監護に分けて説明し、身上監護には介護サービスや施設入所の契約が入るとしています。
信託で託せるのは財産です。受託者の義務は信託財産の管理や処分に向いており、本人の暮らしの手続きまでは含みません。逆に信託にあるのが、受益者が亡くなったら次はこの人、と受け取り手を順に決めておける仕組みです(信託法91条)。ただし無期限ではなく、信託がされた時から30年を過ぎた後に受益権を取得した人が亡くなるまでで区切られます。

遺言が効力を生じるのは、遺言者が亡くなった時からです(民法985条1項)。生前の財産管理には活用できないものの、自分の財産を誰にどう渡すかを決められます(同964条)。
名前を比べるより、任せたい中身から見る
家族信託も民事信託も、法律が用意した区分ではなく実務が付けた呼び名でした。境目は、営業として引き受けるかどうかと、財産の外側まで任せたいかどうかの二つでした。介護の手続きまで頼みたいなら後見、財産の行き先を順番に決めたいなら信託と、入口が変わります。まず何を任せたいのかを紙に書き出してみましょう。


